コボルト①
スッとコボラスが消えると、ドンと衝撃がきて視界がにじみ、あたまがクラクラとした。すぐに下がるけど、バシ、バシと殴られて、鼻の奥に血の匂いがする。
マジかよ、速すぎて見えない。
慌てて腕を上げると、ガラ空きになった腹にコボラスの拳が突き刺さった。俺が「グフッ」と後ずさり、コボラスは「おいおい、つまんねぇな」と笑う。
その場にゴホッと血を吐くと、タマが「アニキ!」と叫ぶので、俺は「来るな」と叫びながら手で止める。
「俺は大丈夫だから」
「でも……」
タマが言い淀むと、コボラスは「そりゃあ、心配だよな。俺はまったくの期待はずれで面白くないからよ」と再び殴られて少し後ろによろけたが、なんとなくわかってきた。
次の拳をギリギリで避けると、コボラスは「これは」と笑う。次の一撃は俺の顔を捉えたけど、その次はまたギリギリで避ける。
するとコボラスが「クククッ」と笑った。
「俺は魔法でサポートして加速しているのによ、こいつ魔法も使わずに先読みだけで避けていやがる」
そして、真面目な顔をすると「前世で格闘技でもやってたのか?」と聞いてきた。
「やってるわけないだろ? こっちは顔合わせるたびに同級生から殴られて登校拒否して以来、十何年もヒキニートしてたんだからな」
「おいおい、マジかよ。逃田みたいな奴だな」
ドキッとした。こいつは……おいおい、天の上のゲス野郎は本当にゲスだな。
「逃田って?」
「あぁ、同級生だよ。会うたびに仲間と殴ってたら、登校拒否しやがってよ」
そう言ったコボラスはうんざりという顔で、頭をボリボリとかいた。
「おかげでこっちはいじめの加害者とか言われて、地元で就職先が見つからなくて苦労したぜ」
「でも、それは自業自得だろ?」
「まあ、ぶっちゃけそうだし、それによその街に行けばそれも関係なかったし、大した影響もなかったけどな」
コボラスはそう言ってヘラヘラと笑ったので、俺はグッと奥歯を噛み締めた。
「なんでその逃田って奴を殴ったんだ?」
「あぁん? 意味なんてねぇよ」
「意味なんてない?」
「そうだな、強いて言えば、なんかキモかったからかな?」
「なんだよ、それ?」
俺が聞くとコボラスは「なんでお前が怒ってんだよ」とさらに笑う。
「それにお前にもわかるだろ? いじめていると馬鹿な女が寄ってくるんだよ。世の中のモテない奴らに教えてやりたいね、モテたかったら同級生を虐めろってな」
「死ね」
「あぁん?」
コボラスが首をかしげた瞬間に、俺はその顔を殴った。
「へぇ、やるじゃねぇか」
コボラスがそう言って殴り返してきたが、俺はそれを避ける。そして、カウンターをぶち込んだ。
このゲス野郎曰く、魔法はイメージだそうだ。
イメージならまかせろ、こいつを殴ってボコボコにするイメージなら何度も、何度もしてきた。
殺す。
ボディが突き刺さると、コボラスは「グゥ」と声をもらした。
「なんなんだよ、こいつ。魔法を……」
コボラスの拳を避けて、返しで殴る。もうコボラスの拳が当たる気も、俺の拳を避けられる気もしない。
俺が一方的にひたすら殴り、コボラスの歯が折れて飛ぶとコボラスは「なにしてやがる。俺を助けろ!」と叫んだ。
だけど、俺たちを囲んでいたグラディアトルの女の子たちは誰も動かなかった。
うん?
「なにやってんだ!」
「なにって、あんたがボロボロにやられるのを待っているのよ」
1人の女の子がそう言うと、コボラスは「なんだと!」と再び叫んだけど、その顔に俺の拳が入って「グフッ」と言いながら尻餅をついた。
「なぜだ?」
「なぜって、本当にわからないの?」
女の子は「呆れたわ」と呟いてから続ける。
「私たちの旦那を殺して私たちを好きにしておいて、本当に味方になると思ったの?」
「強いオスに従うのが、獣の掟だろうが!」
「あんたはいつもそれを言うけど、その理論が私たちにはよくわからないし、強いオスに従えと言うならあなたを倒せば、そのベラトールが強いオスってことになるわね」
それを聞いて「テメェらにはもう一度教育が必要みたいだな」とコボラスが立ち上がった瞬間に、俺の拳が顔面に入って吹っ飛んだ。
「くそ、クソ、クソが! なぜこうなった? 異世界転生なんだからチーレムだろうが、ラノベの主人公たちだって力で従わせて女を手に入れているだろ?」
「お前はアホか? 旦那殺して妻を手に入れるラノベの主人公なんていないし、いても共感なんかできるか! ボケ!」
俺がそう言って倒れているコボラスを蹴ると、コボラスはコロコロと転がって「クソガァァァァァァ」と吠えて立ち上がる。
すぐに飛び込んで来たけど、もう当たる気がしない。軌道は読めているし、俺も魔法でサポートしている。次々に避けてはカウンターを入れ続けた。
「なぜだ、なぜだ、なぜだぁぁぁぁぁぁ。俺は強い! 強いはずだ」
ワンツーからのストレートで吹き飛ばすと、倒れたコボラスが俺を見上げる。そして「クッ」と言ったコボラスの腹に蹴りを入れた。
「さてと、このゲス野郎はどうするか?」
「悪いんだけどさ、私らにやらせてくれないか?」
「そうだね。だけどさ、簡単に殺してしまうのはもったいないよ」
「「えっ?」」
グラディアトルの女の子たちが驚くので、俺はうなずく。
「みんなも苦しんできたんでしょ?」
「そうよ。こいつに好きにされながら、この瞬間だけを待っていたのよ。あの人の仇を取るためにね」
女の子が槍を構えるので、コボラスは「ヒィ」と言って地面に座ったまま後ずさる。俺がそれを見下ろすと、女の子が「お願い、やらせて」と言った。
「でも、殺してしまえば一瞬だよ」
「じゃあ、どうするのよ」
「これわかる?」
俺が聞くとコボラスが「なにをするつもりだ」と言って、女の子が「それはなに?」と笑った。
「これは奴隷の足枷だよ。これをはめたら魔法は使えなくなるし、人族にも、魔物にも手を出せなくなる」
「ふざけんなよ、馬鹿やろう。奴隷なんて……」
コボラスが言い淀むと、女の子がにらみつけた。
「どっちがいい? 手足を切り落とされるのと、これをはめるの?」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ」
コボラスは叫んだが、結局俺がコボラスの右足に奴隷の足枷が付けた。これで、俺が死ぬまではコボラスは抵抗もできずに奴隷として生きていくしかない。
「じゃあ、君たちの村に急いで戻ろうか?」
「なんで?」
「早くしないとうちの兄さんたちが必要以上にコボルトたちを殺しちゃうかもしれないから」
「「えっ?」」
女の子たちが驚くので、俺は首をかしげた。
「俺は時間稼ぎだよ。じゃなきゃ、君たちが追いかけくるのに、コボラスと話したりなんかしないよ」
「そうね、じゃあ、行きましょうか?」
俺は「うん」とうなずいて、それから「ジロー、行くよ」と声をかけた。
「うん? アニキ、俺の出番? こいつら、吹っ飛ばす?」
茂みからジローが姿を表すと、女の子が「嘘でしょ」と笑う。
「もう終わったから吹っ飛ばしたらダメだよ」
「えっ? 終わったの? アニキの役に立ちたかった」
ジローがそう言って「フガフガ」と鼻を鳴らす。
「こいつはアニキ殴ってたから1発吹っ飛ばしていい?」
ジローがそう言いながらコボラスを見下ろして、コボラスがまた「ヒィ」と声を上げると、俺が『いいよ』と言うまえにジローは鼻で掬い上げるように突進して吹っ飛ばした。
飛んだコボラスは地面を跳ねるように転がって気絶する。
「ジロー?」
「なに? アニキ」
ジローが振り返ってニコニコとするので、俺は「はぁ」と息を吐いてから「ありがとな」と笑う。
「フガ」
俺がジローの頭をなでるとジローが目を細めて、そして、俺は気絶したコボラスをジローの背に乗せた。
「じゃあ、行こうか?」
「ねぇ、あなたは何者なの?」
「えっと、ポチだよ。このあたりをおさめている人族の貴族ブラックドッグ家のお嬢様の従者で、ベラトール」
「そう」
その人はうなずくと、俺たちはコボルトの村に戻った。




