奴隷の足枷
奥様に「少し待っていなさい」と言われて、応接間で待っていると、ジェムに連れられてタマが来た。
不安そうな顔で入ってきて、俺を見つけると「アニキ」と寄ってくるので、俺は「心配かけて、ごめんな」とタマの頭をなでた。
「アニキ、その……」
「タマ、俺には前世の記憶があるんだ。そして、前世は人族だった」
「えっ?」
タマが目を見開いたので、俺はそのままの勢いで「嫌になった?」と聞いた。そして、ゴクリと唾を飲み込む。
「なんでっすか?」
「いや『なんでっすか?』って、やっぱりさ、気持ち悪いだろ?」
俺が聞くと、タマはブンブンと音が鳴りそうなほど首を横に振った。
「なるわけない」
タマは泣きそうな顔をしながら「そんなことぐらいでなるわけない」と言った。
「タマ?」
「馬鹿にしてるの?」
タマはそう言って俺に抱きついた。
「中途半端な気持ちなら一緒に住んだりしない」
「そうだね、ごめん」
俺がタマをなでながらそう謝ると「本当に反省してほしいっす」と笑った。
「これからはもっとアニキのことを話してほしいっす」
「うん、そうするよ」
俺がうなずくとタマがニヤリと笑って、ジェムがコホンと咳払いした。
「「あっ?!」」
「『あっ?!』じゃねぇ、そういうのは小屋でやれ、まったく」
「「すみません」」
俺たちが謝ると「終わったかしら?」と奥様が戻ってきた。
「「奥様?」」
「私が言うまえにタマにも打ち明けたのね。えらいわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、タマとジェムも座りなさい」
俺たちが並んで座ると、奥様は対面に座った。
「ポチ、タマにもさっきの話をしなさい」
「わかりました」
タマにさっきまでの話をすると、タマは「すみません、話が難しすぎてよくわからないっす」と笑ったが、奥様が「私もよ」と笑う。
「だいたいのことがわかっていればいいわ」
「それならなんとか……」
「そう、じゃあ、話を進めるわね」
奥様はそういうと俺を見た。
「ポチ、例えば同じように前世の記憶がある魔物に遭遇したとき、あなたは殺せるの?」
「うっ」
俺が身を引くと、奥様は「やっぱりね」とうなずく。
「正直、初めはコボルトでも抵抗がありました。それが人族の記憶を持つ魔物となると、殺せるか? わかりません」
俺がそう答えると、ジェムが「そいつが悪人でもか?」と聞いた。
「うん、あんまり自信がない。まだ人族を殺したことがないからね」
「同族を殺すことに抵抗があるってことか?」
「うん、ゴブリンもゴブリンの族長のところでゴブキチに襲われて、舐められないように殺そうとしたけど、ゴブヨが止めてくれなくても、殺せたか? 微妙だよ」
「だが、それではお前がいつか死ぬぞ」
ジェムが真っ直ぐに俺を見たので、俺は「わかっている」とうなずく。
「頭ではわかっているよ、躊躇したら殺されるのはこちらだってね。だけど、慣れてはきたけど前世では虫も殺さなかったんだ。やっぱりどこかでブレーキがかかるんだよ」
ジェムは「ジローも殺さなかったもんな」とうなずく。すると奥様が「甘いわね」と言った。
「治しなさい。悪人なら人族だろうとゴブリンだろうと殺せるようになりなさい。いいわね」
「はい……」
「と言ってもいきなり無理でしょうから、これを渡しておくわ」
奥様がそう言ってテーブルに黒い足枷を置いた。それはどこか禍々しさを感じる。
「これは……」
「奴隷の足枷よ」
「奴隷の足枷?」
「これをはめられると魔法が使えなくなり、人族に危害を加えられなくなる。さらにこれは特注でね、魔物にも危害を加えられなくなるわ」
「「えっ?」」
俺とタマだけでなくジェムも驚いたが、俺は「ブラックドッグ家がテイマーだからですね」と言った。
「そうよ。だからもし敵対した相手を殺せないときはこれを使いなさい」
「わかりました。ありがとうございます、奥様」
「だけど、これはあくまでも殺せるようになるまでの処置よ。アビーのためにも悪人は殺せるようになること、いいわね?」
「はい」
俺がうなずいて足枷を受け取ると、今度はポーションが置かれた。
「これを持っておきなさい。そろそろ、救出作戦を行うんでしょ?」
「そうですね。堀もできたし、残っているフォックスたちの体調も心配なので、できたら早いこと救出したいと思ってます」
「そう、だけど気が急いてはダメよ。昔から『急いては事を仕損ずる』と言うからね」
「はい」
俺がうなずくと奥様は「あとは」と言った。
「タマの防具が届いたので、あとで試着をしてみましょう。それと、ジローにも防具が必要ね」
「そうですね。とりあえずコボルトの相手なら問題ないと思いますけど、これからのことを思うと必要になるかと」
「そう、じゃあ。そのあたりは本人ともよく相談なさい。ジローが嫌がるかもしれませんからね」
「そうですね」
俺がうなずくと、タマが「それはないと思うっす」と笑う。
「アニキがくれる物なら喜ぶと思うっすよ」
「そう、じゃあ、動きを阻害しない物を用意してあげないとね」
奥様は笑って、それからジェムを見た。
「ジェム、ポチは剣を扱えそうかしら?」
「はい、ゴブリンのときから木剣で練習してきましたし、最近はショートソードで打ち合いをしています」
「そう、では渡しておくわね」
そう言ってテーブルに置かれたのは湾曲した片手剣。
「これってシミターですか?」
「そうよ。ギルバート様とオーティスが張り切ってしまってね」
「うん?」
「抜いてごらんなさい」
俺はそう言われて、鞘から引き抜いた。
「えっ?」
嘘だろ?
刀身に炎のような柄が浮かび上がっている。
「いやいやいや、これ絶対高いですよね? まずいですって、これはゴブリンが扱うような品物ではないですよ」
俺がそう言うと、隣でシミターを見ていたジェムが「嘘だろ?」と言った。
「これって、ゴブリン王のシミターですか?」
「さすがはジェムね。そうよ、これはゴブリン王のシミター。ギルバート様に頼まれたオーティスがとあるツテから手に入れたそうよ」
奥様がうなずくので、俺は「ゴブリン王のシミター?」と聞いた。
「大昔に褐色の肌に銀色の髪、Aランクのミノムゲタスまで進化して小鬼王と呼ばれていた魔物がいたの、その魔物が持っていたシミターよ」
「はぁ?」
俺はそう言ってから「いやいやいや」と続ける。
「ダメですよ。そんなの絶対ダメですって、ただのベラトールが持っていい剣じゃない」
「あなたはただのベラトールじゃないでしょ?」
「奥様? 正気ですか?」
「正気よ、それにこれはギルバート様が『いずれ俺に仕えてもらう手付けだ』って送ってきたの。送り返すことなんてできないし、あなたがこれを背負ってないと私たちが困るのよ」
俺は「おいおい」と苦笑いを浮かべてから、もう一度、シミターを見た。
「ダメですって、絶対にダメですって」
「使ってみたくないのか?」
「そりゃあ、使ってみたいよ。だけどさ……」
「ビビっているのか?」
「そりゃあ、ビビるだろう、誰だってさ……」
俺がそう言い淀むと、ジェムが「この剣に見合う男になればいいだろ?」と言った。
「それともあれか? Aランクにはなれないと思っているのか?」
そう言われてオークのことが頭をよぎる。
いずれは倒すと言ったがやつはBランクだ。しかも、オークのBランクとゴブリンのBランクが同じ強さとは限らない。
倒すつもりならAランクが必要かもしれない。
俺は「なるさ」と言ってギュッと奥歯を噛む。
「ではこれを受け取りなさい。ギルバート様の期待に応えるのよ」
「わかりました」
俺はうなずくとシミターに手をかけた。剣は軽いはずなのに、ずっしりと重たく感じた。




