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族長

 翌日、ゴブエをポーションで治療するためにゴブゾウの穴ぐらに来た。俺が外から「ゴブゾウ兄さん」と声をかけると、ゴブゾウが出てきた。


「ゴブスケ、ゴブエが、ゴブエが……」


 俺が慌てて中に入ると、ゴブエが苦しそうに浅い息を繰り返す。


 俺はカバンに入れてきたポーションを出して、ゴブエにかけた。ゴブエがスーッと光に包まれてそれからみるみるうちに傷が治っていく。


「ゴブスケ、それは?」


「うん、俺が仕えている家の奥様が買ってくれた人族の薬だよ」


「助かるのか? ゴブエは助かるのか?」


 ゴブゾウが俺の服をつかんで聞くので、俺が「もう大丈夫だと思うよ」とうなずく。するとゴブエの息は落ち着いて、スヤスヤと穏やかになった。


 それを見て、俺の服からゆっくりと手をはなしたゴブゾウは、その場にへたり込んで顔をおおって声を殺して泣いた。


 しばらくしてゴブゾウが落ち着くと、俺は昨日の話をゴブゾウにした。


「なるほどな、俺たちもその人たちに仕えるってことか?」


「うん、そうなるね。もちろん兄さんたちが嫌なら断っていいよ」


「あのな、こんなことしてもらって断ると思ってんのか?」


 ゴブゾウが真っ直ぐに俺を見るので、俺が「えっと……」と言い淀む。


「ゴブエの命の恩人だろ? 仕えるさ、この身の全力でな」


「そっか、ありがとう。じゃあ、兄さんから姉さんにも相談してみて、それから他にレッサーゴブリンの救出に協力してくれる人っている?」


「そうだな……ゴブリンの族長に頼んでみたらどうだ?」


「族長?」


 俺が首をかしげると、「おいおい、お前、マジか?」とゴブゾウは呆れ顔になった。


「うん?」


「『うん?』じゃないだろ、まったく」


 ゴブゾウは笑うと「返って大物ってことなのかもしれないな」と小さく呟いた。


「このあたりのゴブリンを束ねている族長がいる」


「ふーん、そうなんだ。だけどさ、その人は期待できるの?」


「えっ?」


「だってさ、レッサーゴブリンがこれだけさらわれているのに動いている気配ないじゃん」


 俺が言うと、ゴブゾウは「そうだな」とうなずく。


「だが、このあたりのゴブリンに手伝いを頼むつもりなら、とりあえず話だけでもしてみたらどうだ?」


「そうだね。聞くだけタダって言うし、聞いてみよう」


 俺はゴブゾウに連れられてゴブリンの族長の洞穴に来た。入り口にはボアの頭蓋骨と皮を使った旗印があり、門番のゴブリンがいた。


「誰だ?」


「レッサーゴブリンのゴブゾウです。こっちは弟です」


「弟? こいつは族長と同じベラトールか? しかも人族の奴隷だな?」


 兄さんが俺を見るので、俺が代わりに「そうだよ。ちなみに名前はポチだ」とうなずく。


「それでさ、族長さんと話がしたいんだけど」


「ふん、人族の奴隷がなんのようだ?」


「コボルトの件で話したいんだけど?」


「コボルトの件?」


 ゴブリンが顔をしかめた。


「うん、ここ最近、レッサーゴブリンがさらわれているのは知ってるよね?」


「あぁ、知っている」


「族長は助けてくれないの?」


 俺が聞くとゴブリンは「ふん」と鼻で笑った。


「なぜわざわざ我らが助けないといけない? レッサーゴブリン程度、いくらでも増えるだろ?」


 俺が「なるほどね」とうなずくと、ゴブリンは「なんだ?」と言う。


「コボルト程度にビビってんの?」


「なっ?!」


 ゴブリンが目を見開いて、槍を突きつけて来た。


「人族に助けてもらって進化したくせして、偉そうな態度とるなよ、小僧」


 俺はダガーで槍の先を切り落とす。


「「えっ?」」


 門番2人とゴブゾウが驚くので、俺は「武器を突きつけたんだから、やられる覚悟はあるんだよね?」と聞いた。すると、そのゴブリンが「ひぃ」と声をだしてドサッと尻餅をつくので、俺は見下ろす。


「なんの騒ぎだ?」


「こいつが、いや、この方が族長と話がしたいと」


「ほぉ、ベラトールか、人族の奴隷だが、腕は立つようだな、ついて来い」


 そう言ったゴブリンについて、俺とゴブゾウは洞穴の中に入った。


 中はかなり広かった。ゴブリンもそれなりの数がいたが、ほとんどがレッサーゴブリンだった。


「あれ? ゴブゾウ兄さん?」


「おぉ、ゴブナか? ここでお世話になっていたのか?」


「そうよ」


 うなずいたゴブナは俺を見て止まって、それから「えっ?」と驚いた。


「もしかして、ゴブスケなの?」


「うん、そうだよ。ゴブナ姉さん」


「なんであんたがベラトールに進化してんの?」


「まあ、いろいろあってね」


 俺がそう言うと、ゴブナは「いろいろって何よ」とにらむ。


「人族にテイムされて、武器や道具を与えられたからね」


「てっ、テイム?! なにやってんのよ! あんた!」


「いや、でもね。テイムされた子がいい子だったから全然大丈夫だよ」


「はぁ? ばっ、バッカじゃないの? 関係ないわよ。いい子とか!」


「いやいや、関係あるよ」


「えっ?」


 ゴブナが驚いて、それから「やっぱり私がついててやるんだったわ」と頭を抱えた。


「うん?」


「父さんに言ったのよ『ゴブスケはいつもぼぉーとしているからしばらく私が面倒見る』って、そしたら『いいからお前は自分の幸せを考えろ』って言うからさ」


「そうだったんだ。なんかごめんね」


「なに気にしてんの? 私はあんたの姉ちゃんなんだから気にしなくていいよ」


「ありがとう」


 ゴブナと別れたあとで族長の部屋まで来ると、両サイドにゴブリンたちが座り、一段高い場所にベラトールが座っていた。


 俺は連れて来てくれたゴブリンに示された場所に座って、ゴブゾウは少し後ろに座った。


「よく来たな、わしが族長のゴブダだ。若きベラトールよ、名を名乗れ」


「初めまして、ポチと言います。お会いできて光栄です。族長殿」


 俺が浅く頭を下げると、族長は「ふん」と鼻を鳴らして、それから「話とはなんだ?」と言った。


「レッサーゴブリンがコボルトにさらわれている件です」


「それがどうした?」


「同族なのに助けてはもらえないのですか?」


 俺が聞くと、族長は「かわいそうだとは思うがな」と言った。


「コボルトどもは10人以上がグラディアトルに進化している。こちらから手を出すのは難しい」


「なにもコボルトたちを全て倒そうという話ではなく、レッサーゴブリンたちを逃したいだけなので、俺たちがベラトールを5人用意して、手伝って欲しいと言ったら手伝ってもらえますか?」


「ベラトールを5人……どのように用意するのだ?」


「俺の主人に従属してもらう代わりに、進化の手伝いをします」


「お前がか?」


 族長がそう言った瞬間に壁際にいたゴブリンの1人が飛びかかって来たので、俺はその攻撃をかわして頭をつかむとその場にねじ伏せて、ダガーを喉に当てる。


 すると族長が「待たれよ」と言った。


「うん? 待たないよ」


 そう言った俺が喉を斬ろうとした瞬間に「待ってください」とその人が俺の目のまえで土下座をした。


「ゴブキチは族長の命に従っただけです。どうかお許しを」


「あんたは誰?」


「ゴブキチの妻でゴブヨです」


「そう」


 俺がゴブキチを見るとゴブキチは「殺せばいいだろ?」と言った。


「ゴブヨさんは『殺さないで』って言ってるよ」


「ふん、人を襲っていいのは返り討ちにあう覚悟のあるやつだけだ」


「なるほど」


 俺がうなずくとゴブヨが「お願いします」と頭を下げた。


「ゴブキチだっけ?」


「そうだ」


「俺と来る?」


「はぁ?」


 ゴブキチがそう言うので、俺は「だから」と言った。


「人族に従属して、レッサーゴブリンを助けるの手伝ってくれない?」


「なに言っているんだ? 俺はお前を……」


「なにか事情があるんだろ?」


 ゴブキチが「クッ」と声をもらした。


「私の弟が勝手な真似をしたので、その責任を取るために」


「勝手な真似?」


「コボルトを襲ったのです」


「なるほどね」


 俺は笑う。


「なにがおかしい」


「目的は一緒なんだろ?」


「そうだが……」


「手段なんて選んでいる場合なのか? レッサーゴブリンたちは動けなくなるほどに食べさせられてみんな倒れていたよ」


「なっ?!」


 ゴブキチが歯を食いしばる。


「ついて行けば、俺でもお前みたいに強くなれるのか?」


 その言葉に俺は「フフッ」と笑う。


「ゴブキチなら俺なんかより強くなれるさ。俺も人族に従属するまえはホーンラビットを1人で倒すのがやっとなぐらいの落ちこぼれだったからな」


「わかった。俺を連れていってくれ、いや、ください」


 俺が「ありがとう」と言って手を解くと、ゴブキチがその場で土下座をするので、俺は「やめてくれ」と手を差し出して立たせて、ゴブヨも立たせる。


「それで、族長は手を貸してくれるの?」


 俺が聞くと壁際にいたゴブリンたちがザワつく。


「コボルトに手を出してタダで済むのか?」


「戦争になればこちらにも多大な被害が」


「レッサーゴブリンなど放っておけば良いのだ」


「そもそも人族の奴隷など信用できるのか?」


 ザワザワとゴブリンが話をしていると、族長に近い場所に座っていたゴブリンが「静まれぇ、静まれぇ」と言った。


 おいおい、格之進かよ。なんか、カッコいいね。


 ゴブリンたちが静まると、族長が口を開いた。


「我らが手を貸すことはしない。だが、手を貸したいものは貸してもよい」


「それは、俺が個別に声をかけるのもいいってこと?」


「あぁ、かまわんぞ。だが、我らに迷惑はかけるなよ」


「迷惑ねぇ、わかったよ」


 俺はうなずくとゴブゾウを見た。


「兄さん、帰るよ」


「いいのか?」


 ゴブゾウがそう言いながら立ち上がるので、俺は「うん」と言う。


「ビビっている奴らに頼んでも仕方ないから」


「おい!」


「うん?」


「『うん?』じゃねぇ! そういうことは思っても口に出すなっていつも言ってるだろうが!」


 ゴブゾウがそう叫ぶと部屋の中は一気に静かになった。


「兄さん?」


「なんだ?」


「そんな言いかたすると、兄さんもそう思ってるってバレるよ」


「あっ!」


 ゴブゾウが声をもらすと、ゴブキチとゴブヨが「プフッ」と笑う。


「笑うと2人もバレるよ」


「かまいませんよ」


「そうですね」


「そっか、じゃあ帰ろうか」


 俺が笑うと、壁際にいたゴブリンが「調子に乗るなよ」と言った。


「コボルト程度にビビっているやつが、なんとなくで凄んでもカッコ悪いよ」


「なっ?!」


 ゴブリンが目を見開いて立ちあがろうとすると、族長が「やめよ」と言った。


「ポチ殿はお前たちをこの場でねじ伏せて、従わせようとしているのじゃ、少しは頭を使え」


 俺は「ちぇっ」とわざとらしく言う。


「バレちゃ仕方ないね」


「それも見越しておるのだろう?」


「なんのこと?」


 俺が首をかしげると、族長は「若い奴らがどれほどいなくなるのか、頭が痛いわい」と笑った。

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