商人①
ゴブゾウの穴ぐらを出たあとで、ディアを1匹狩って持ち帰る。
森を出るといつも通りハンスたちが待っていてくれたので、ディアを運んでもらい。ブラックドッグの屋敷まで帰ってきた。
するとまた見慣れない馬車が停まっている。
「ウエッ、また貴族かな?」
「おいおい、ポチ、不敬になるぞ」
「だけどさ、怖いんだもん」
「あぁ、それはわかる」
ハンスとそんな話をしながら屋敷の裏庭までくると、ハンスたちは手慣れた様子でディアの解体を始めた。
俺がそれを見ていたら、屋敷から奥様と小太りの男の人が出てきた。
「おぉ、このゴブリンですか?」
「そうですわ」
「ほぉほぉ」
男の人は探るような目で俺を見てから奥様を見た。
「ポチ、こちらは商人のオーティスさんよ」
「こっ、こんにちは、ポチです」
「これは丁寧にありがとうございます。私はオーティスです。ポチさん、これからよろしくお願いしますね」
「えっと?」
俺が奥様を見ると奥様はほほえむ。
「オーティスさんは、あの娯楽を売りたいそうよ」
「そうなんですね」
俺がうなずくとオーティスは「ぜひ、ポチさんの意見を聞かせてください」と頭を下げた。
おいおい、やたらと丁寧なのが逆に怖いよ。
「意見ですか?」
「そうです」
「ですが、俺はただのゴブリンですし」
俺がそう言うとオーティスは首を横に振った。
「ギルバート様より『俺の友人だから丁寧に扱えよ』と言われております」
ギルのやつのせいか!
「そうなんですね。えっと、よろしくお願いします」
俺も頭を下げると、奥様に連れられて応接間にきた。
「ポチはこっちに来て座りなさい」
「ですが、奥様」
「いいのよ、私たちは家族なんだから遠慮は無用っていつも言ってるでしょ?」
「はい」
俺はうなずくと奥様の隣に座る。反対側にオーティスが座ると「さっそくだけど」と奥様が切り出した。
「ポチはどのように売ったらいいと思うかしら?」
「一応、案はいくつか持ってきたのですが」
オーティスがそう言ってテーブルに紙を並べたが、もちろん字は読めない。だけど、絵柄で言わんとすることは読み取れた。
「このカラフルなやつは、このまえ旦那様が言っていたルーレットってやつをつけるといいと思います」
「ルーレットとはあのギャンブルのですか?」
「はい」
俺がうなずくと奥様が「どうするの?」と聞いた。
「ルーレットで抜く色を決めるんです」
「なるほどね。ルーレットを回して出た色を抜いて上に積むのね」
「そうです」
俺がうなずくとオーティスは「なるほど」と言ってメモに何かを書いていく。
「でも子供にルーレットは難しいわね」
「そうですね、色を決めるだけなので簡単なものでできたらいいのですが」
俺がうなずくとオーティスが「ダイスはどうでしょうか?」と言った。
「ダイス?」
俺が首をかしげると、オーティスが説明してくれたが、もちろん『サイコロ』だ。
「それならこの柄が付いているのも同じ方法で遊べますね」
「そうですね。しかし、同じ遊びでは……」
オーティスはそう言ったが、奥様が「そんなことはないわよ」と言った。
「このカラフルなのは小さな子供向けで、こちらの数字が書いてある方は学生向けにすれば良いのよ」
「そうですね。この数字のほうはあえてシックな白と黒の色使いにして大人に憧れる子供心をくすぐればいい」
俺がそう言うとオーティスは目を見開いた。
「なるほど、ではこちらは?」
「えっと、すみません。俺は字が読めないので」
「えっ?」
オーティスは驚いたが、奥様が「そうだったわね」と笑う。
「こっちは素材などが書かれていて、こっちはそれによる価格ね」
「なるほど、その辺はゴブリンの俺よりお2人の方がわかるんじゃないですか? 多分高いものから売り出して徐々に安くしたほうがいいとは思いますけど」
俺がそう言うと奥様は「そうね」と笑う。
「ある程度流通したら、あまり高価でない木を使って塗装などもしないベーシックな物を作って、それを使った大会を開いたらどうですか?」
「「えっ?」」
奥様とオーティスが驚くので、俺は頭をかいた。
「俺たち魔物も競争と言いますか、勢力争いと言いますか、そういうのがあるんですよ。どっちが強い的なやつです。人族もそう言うの好きなんじゃないですか?」
「それはすごい!」
「うん?」
興奮して身を乗り出したオーティスが俺の手をつかむ。
「そうね。大会が盛り上がればみんながこぞってこれを買うわね。娯楽としてだけではなく競技として」
「マギー様、この子をください」
「オーティスさん、それはダメよ」
「いくらでも金は払います」
おい、まずいんじゃないか、この展開は……。
「ギルバート様の申し出も断っているのよ。あなたに売ったら殺されるわ」
「そっ、そうでしたね」
オーティスが肩を落とした。
さすがに公爵家を相手にはできないんだろうね。
「それにしても、本当に聡いゴブリンですね。こんなに聡い子は他にはいないと思いますよ」
「あなたでも出会ったことはないの?」
「そうですね。少し賢いと言いますか、小狡いゴブリンはいますが、こんな聡い子は初めてです」
「確かにポチに狡さはないわね」
奥様がうなずくとオーティスは「それに」と続ける。
「狩りから帰って来たばかりとは思えないほどの清潔さ、私に対する話しかたも丁寧ですし、なによりこの商才! 人族なら養子にして跡取りにしたいぐらいです」
「それはさすがにオーバーじゃないかしら?」
「いえ、マギー様。それからお気をつけください。私はやりませんが、これほどの子となると手段を選ばない商会が出てきておかしくない」
「それは、さらわれるってこと?」
奥様が目を見開くと、オーティスは「はい」とうなずく。そして、俺の手を離すとソファに座り直して居住まいを正した。
「私共をブラックドッグ家の御用達にしてくだされば、私が全力でブラックドッグ家とこの子の秘密をお守りします」
「なっ! オーティスさんがうちの御用商人になるってこと?」
「はい」
「うちは没落貴族よ」
奥様がそう言うとオーティスは「違いますよ」と首を横に振った。
「ブラックドッグ家は元没落貴族ですよ、マギー様」
「元……」
「そうですよ。この娯楽の著作権を持ち、ブレアスター公爵家が後ろ盾について、ギルバート様はこの子を友達と呼ぶ」
そう言ったオーティスが俺を見た。
「マギー様、この子の価値がおわかりになりましたか?」
すると、奥様は「フフッ」と笑った。
「初めて娘が連れてきた日に私は『捨ててきなさい』と言ったの『レッサーゴブリンなんて』と馬鹿だったわ」
オーティスは「なにをおっしゃっているのですか?」と笑う。
「それが普通の反応ですし、きっと他家なら、この子は捨てられるか、その場で斬られていたでしょうね」
オーティスがそう言うので、俺はゾクっとした。
これが冗談でないことはわかる。
「マギー様は良い決断をされたのです。娘の気持ちに寄り添ったことで幸運が舞い込んだ。おかしなことに世の中とはそういう物ですよ」
オーティスの言葉に「そうね」とうなずいた奥様が俺の頭をなでる。
「御用達の件、こちらからお願いできるかしら?」
「お任せください。これからお忙しくなられるフレディ様とマギー様を全力をもってサポートさせていただきます」
「ありがとう、オーティスさん」
奥様がそう言うとオーティスは「いえ、これからはオーティスとお呼びください、奥様」と頭を下げた。




