公爵家①
森を出て、いつものようにハンスたちにディアを運ぶのを手伝ってもらって、屋敷まで帰ってくると屋敷の周りを男の人たちがフラフラしていた。
「うん? なんだ?」
「見たことない奴らだな」
「うん」
俺はハンスにそううなずいて、それからフラフラしていた男の人に「ブラックドッグ家にご用ですか?」と声をかける。
「うぉ、ゴブリン?」
「あぁ、僕はブラックドッグ家の従者です」
「そうだったのか、驚いたりして悪かったな。俺たちは公爵夫人からの依頼で屋敷の修繕に来たんだ」
「えっ?」
俺が驚いていると屋敷からジェムが出てきた。
「ポチ、その人たちは大丈夫だ」
「うん、でもなんで公爵夫人?」
「あぁ、奥様が例の娯楽のサンプルに手紙を添えて送ったらしい」
「はぁ? 嘘でしょ? 早すぎだろ」
「そうだよな。奥様も早すぎるし、その手紙とサンプルだけで奥様を協力者として自分の手元に引き込み、それから囲い込むために館の修繕とドレスを手配する公爵夫人もやばい」
背中にゾゾっと何かが通って俺は震えた。
怖っ! 貴族怖すぎだろ! 冗談抜きで、前世の記憶があるなんてうっかりしゃべったらタダじゃ済まないね。
俺が青ざめるとジェムは小さくうなずく。
あの日、ジェムに指摘されてよかった。今ごろ解剖されててもおかしくなかったよ。
とりあえずいつも通りに裏庭でディアの解体をしていると執事のような格好をした男の子が俺たちのところまできた。
「ほぉ、ディアを狩ってきたのですね。同ランクとはいえ、なかなかやりますね。あなた」
その男の子はそう言うとディアを丁寧に観察した。
「しかもヘッドショット1発ですか?」
「たまたまですよ。それに俺には相棒がいますから」
「そちらのフォックスですね。ですが、テイムされた魔物が2人だけでこのような追い込み猟をしてくるなんて、聞いたことがありませんよ」
うっ、なんかこの子はやばい気がする。滅多なことは言えないね。
「きっと、ジェムさんの指導がいいんです」
俺がジェムを見ると男の子は「ほぉ」と言って目を細めながらジェムを見た。
「こちらの少年ですか? なるほど、賢いゴブリンと従順そうなフォックスに、なかなか腕の立ちそうな少年。君たち3人は我が家に来ませんか?」
「「はぁ?」」
俺とジェムがシンクロすると、男の子は「フフッ」と笑う。
「我が家は公爵家です。今以上の待遇を約束しますよ」
ちょっと待て、この子『我が家』って言ってるぞ。
ジェムが「おこ」と言ったところで、俺は「主人に聞かないとわかりません。申し訳ございません」とかぶせた。すると、男の子は「残念」と笑う。
「少年、このゴブリンに救われたな」
「えっ?」
ジェムが驚いて俺を見るので、俺はゆっくりとうなずく。
「こちらの方は公爵家の令息だと思う」
「うっ、嘘だろ? 王族の親戚か?」
「うん……」
俺がそう言って男の子を見ると、男の子は「フフッ」と笑った。
「無下に断ってくれれば『不敬だ』とか言って、3人とも連れ帰れたのに」
マジか!? 貴族怖すぎる。
冷や汗がダラダラと流れて、俺がゴクリと唾を飲み込むと、男の子は「益々、このゴブリンに興味が湧いたよ」と笑った。
笑えねぇ! やっぱりやばい。貴族はやばい。なんだよ、異世界転生物の貴族ってもっと緩いよな? 普通の異世界転生物ならさ、うちの旦那様みたいのばっかじゃないの?
俺がジェムを見るとジェムも汗をダラダラ流して、男の子を見ている。
そうなるよねぇ? 意味わかんないもん。失言一回で人生詰むとかどんだけだよ。
「我が家に来れば楽しいと思うよ」
そんなわけあるか!
なんか嫌な予感がしてジェムを止めたけど、確証があったわけじゃない。完全に勘でなんとかなっただけだ。こんな子に連れて行かれたら、命がいくつあっても足りないよ、絶対に。
「ギルバード様、うちのかわいい子たちをいじめないでもらえますか?」
「マギー、いじめているなんてひどいじゃないか? ずいぶんと面白い子たちだから欲しくなっただけだよ」
「ただの子供と、ゴブリンとフォックスですわよ」
「そうかい? 少年はなかなか腕が立つみたいだし、このゴブリンは普通じゃないだろ?」
「いえ、ただのゴブリンですわ」
奥様がそう言うとギルバードは「じゃあ、よこせ」と言った。
うわっ、マジか?!
「ですが、娘の初めての友達なのでお許し願いませんか?」
「うん?」
すると、アビーが俺のところまで走ってきて「ダメ」と抱きついた。
「そうか、アビーの初めての友達じゃあ、取り上げるわけには行かないなぁ」
ギルバードは柔らかな笑みを見せてそう言うと、アビーに「私もこの子と友達になってもいいかい?」と聞いた。
くそっ、ずるいぞ、ギルバード!
アビーはもちろん「うん」とうなずく。
「そうか、ありがとう、アビー」
ギルバードがアビーをなでてから俺を見た。
「ゴブリン、名前は?」
「ポチです」
「ポチ?」
「はい」
ギルバードは頭にはてなを浮かべて、アビーを見た。
「アビー? この子はポチなのか?」
「うん、そうだよ。初めての友達はポチって決めてたの」
「そうか、ポチかぁ」
ギルバードは「プフッ」と笑う。
おい! 失礼だろうが、アビーに謝れ! このやろう!
「ポチか……アビーはウルフとお友達になるつもりだったのかい?」
「うん」
まずい!
「ギルバード様、帰りの支度が整いました」
公爵家の人間がそう言うとギルバードは「わかった」と答えた。俺とジェムは小さく「ふぅ」と息を吐く。
「ポチ、私はギルバードだ。ギルでかまわない」
そう言って俺に向けて手を差し出した。
「私はただの従者ゆえ、恐れ多いことにございます」
俺がアビーを抱えたままでその場で膝を折って頭を下げると、ギルバードは「ククッ」と笑う。
「大丈夫だ、心配するな。アビーに恨まれたくないから奪い取るつもりはない。だけど、お前に興味がある友達になってくれ、いずれはアビーの従者として、私の下でその力を発揮してほしいのだ」
俺が顔を上げると、ギルバードは頭をかいた。
「さっきは試したが、ここでお前たちを連れ帰ったら俺だって母さんに怒られる。なぁ、わかるだろ? 母さんはマギーを側に置くつもりだからな」
ギルバードがニヤリと笑うので、俺は苦笑いを浮かべた。
「不敬とか言いませんか?」
「言わない」
「これから先も?」
俺が首をかしげると、ギルバードは「プフッ」と笑う。
「お前は本当に面白いな。本当にゴブリンか? わかった、これからも不敬とか言わねぇ、俺と友達になれ、ポチ」
「わかりました、ギルバード様」
俺がギルバードの手を取るとギルバードは顔を歪めた。
「ギルでいいって言っただろ?」
「わかったよ、ギル」
「おう、よろしくな、ポチ」
ニヤニヤと笑ったギルは「次に会うときにどれだけ進化してるのか」と言って「楽しみにしているぞ」と去っていった。
俺たちは公爵家の馬車を見送って、その場に座り込む。
「末の息子のギルバード様が来るなんて思わなかったわ」
「奥様、死ぬかと思いました」
「だな、俺も詰んだと思った」
俺がジェムに同意するとアビーが「ギルバード様は悪い人なの?」と聞く。
「いや、いい人だよ、アビー。じゃなけりゃ、俺はここにいないよ」
「えーっ、ポチ、いなくなっちゃうの?」
「いなくならないよ」
俺がアビーをギュッとすると、アビーが「よかった」と笑うので、俺は心の中だけで『アビーが大きくなるまでは』と付け加えた。
残念ながら、いつまでもこのままでいられるとは思えないもんな。




