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娯楽①

 俺はフォックスとコボルトのことを全て話して、それからその場に正座した。


「奥様、お願いします。強いウルフも見つけてきますし、これからもディアやボアを狩ってきますので、こいつをおいてやってくれませんか?」


 俺が地面におでこをつけて頭を下げると、フォックスも「クゥ」と頭を下げた。


「やめなさい! ポチ、早く立ち上がりなさい」


「ですが……」


「私は家族にそんなことをされても嬉しくないわ」


「奥様?」


 俺が顔をあげると「それに残念だけど、その子は森に戻して来なさい」と奥様はギュッと顔を歪めた。


「あなたの気持ちはわかったわ。私だってできることならあなたの思いに応えてあげたい。だけどね、うちはお金がないの」


「えっ?」


「あなたに付けている首輪もタダじゃないのよ」


 奥様がそう言うので、俺は自分の首輪に触れる。


「魔法道具だから高いんですね」


「そうよ」


 奥様はうなずくとフォックスを見た。


「うちにあるのはあと1つ、あなたなら私が言いたいことがわかるわね?」


「アビーを守れる強いウルフの分ってことですよね」


「そうよ、コボルトにいじめられているようじゃ、学園の意地悪な貴族たちからアビーを守れないわ」


 奥様は俺に視線を移しながら「それに」と付け加える。


「学園に通ってくる他のテイマーは小さな竜種を連れてくるの、そんな子たちと模擬戦をさせられてその子は大丈夫? あなたは近くで守ってあげることもできないのよ」


 俺はフォックスを見た。


「奥様、お金はどのぐらい必要ですか?」


「ポチ? もしかして、あなた稼ぐつもりなの?」


「えっと、わからないですけど、首輪が買えればと思いまして」


「どうしてそこまでその子に肩入れするの?」


「俺もいじめられていたので」


 奥様は目を見開いてから「そう」とうなずく。


「あなたぐらい変わっていれば、普通のゴブリンに馴染めないのもわかるわ」


 いやぁ、違うんだけど、まあ、いいか。


「だけどね、狩りで稼ぎ出せる額じゃないわよ。それに獲物の量を増やしても誰が運ぶの? 誰が解体するの? これ以上みなさんに負担をかけるのはダメよ」


「いや、狩りじゃありません」


「では、どうやって稼ぐつもり?」


「貴族の方はお茶会でなにをされますか?」


「そうね。基本的にはお話ね」


「では、そこに娯楽を提供します」


 俺がそう言うと奥様は「娯楽?」と首をかしげて、旦那様が「チェスみたいな物かい?」と言った。


 やっぱりあるのか、チェス。そうなると将棋もダメだな。いや、そもそも……。


「チェスとはどのようなものですか?」


 俺はそう聞いて旦那様からチェスの説明を受けると首を横に振った。


「いえ、複雑なルールをあらかじめ覚えなきゃいけない娯楽はお茶会には向きません」


「なぜだ?」


 俺が奥様を見ると「そうね」とうなずく。


「ほかに考えることがあるからよ。服装やお菓子、友人との会話の内容。流行を求めながらも定番を大きく外さない。そんなことを考えて行かなきゃいけないお茶会なのに、さらに娯楽のルールを覚えるのは無理ね」


「じゃあ、ポチが考えた娯楽とは、どんな娯楽なんだい?」


「積み木です」


「「積み木?」」


 旦那様と奥様が並んで首をかしげるので、俺は地面にジェンガの説明を書いた。例の四角柱を書いて、それが積み上がっている絵を書く。


「このように積み上げておいて、この中から1個引き抜いて上に積み上げていく娯楽です」


「崩した人が負けなのか?」


「はい」


 俺がうなずくと奥様は腕を組んだ。


「アイデアは面白いと思うわ。だけど……」


「女性たちが食いつくのかわからないんですよね」


「そうね」


「では、このピース1つ1つに質問を書いておいたらどうですか?」


 俺が聞くと奥様は目を見開いた。


「抜いたピースの質問に答えるの?」


「はい、それでもいいですし、全員でそれをネタに話されてもいいのではないですか?」


 俺がそう言うと奥様は腕を組んだので、俺は「例えば」と続ける。


「流行の話から旦那様との馴れ初め、さらには騎士団の推しメンなんかも面白いと思います『やだぁ』とか言いながら『騎士団のジェム君は普段は馬鹿みたいに真面目なのにムッツリなところがいいのよねぇ」とか?」


「おい!」


「うん?」


「『うん?』じゃねぇ!」


 ジェムが剣に手をかける。


「おいおい、ちょっと待て! ムッツリなのは騎士団のジェームズ君だ。ウチのジェームズ君では断じてない」


「本当か?」


「うんうん」


「本当に、本当か?」


「いや、嘘」


 俺がそう答えると、ジェムは「斬る!」と言った。


「ジェム、待ちなさい。斬るのはあとにして」


 奥様はそう言ってジェムを止めたが、それだとあとで斬られるね、俺。


 俺を見たままで腕を組んでブツブツと言っていた奥様が「えっ?」と声をもらしたので、俺はニヤリと笑う。


「ポチ、崩した人の罰はどうするの?」


「そうですね、罰としては次のために積み上げるぐらいがお手軽で良いかと」


「なるほど、考えたわね」


 奥様がそう言うと旦那様が「考えた?」と聞いた。


「このやり方なら積み木を用意した主催者が意図的に話を操作できるのよ」


「どうやるのだ?」


「そうね。例えば主催者は頃合いを見て積み木を崩す。そして、積み上げるときに、あらかじめ決めておいたところに話題にしたい質問が来るように積むのよ」


 奥様はそこまで言って俺を見るので、俺は「そして」と続けた。


「協力者がそのピースを引き抜いて話題を誘導するんです。これを主催者と協力者で立場を変えながらどんどん話を誘導していけば、ある程度お茶会での会話を操作できるはずです」


 俺が言うと「すごいな」と旦那様は笑った。


「だが、そんなに簡単に思ったところを抜けるのか?」


「そうですね。ピースをあらかじめ不揃いにしておくんです」


「はぁ?」


「あえて太いのと細いのを作っておいて、抜きやすいのと抜きにくいのを作っておきます」


「なるほどな、しかし、これって……」


「そうね、夜の蝶がうまく活用すればお酒の席で他派閥から情報を抜くこともできるわね」


 旦那様が「おい!」と言った。


「だけど、これをどのように使うのか? それは私たちの派閥の長である公爵家に任せましょう。私たちはあくまでも娯楽を提供するだけよ」


 奥様はそう言ったが絡む気満々だろうね。にやにや笑っているから。


「なぁ、ポチ。チェスみたいな物は思いつかないか?」


「チェスですか?」


「そうだ。最近はチェスもブラックジャックもみんな飽きていてな」


 旦那様が『ブラックジャック』と言ったあたりで奥様が顔をしかめたから、これは俺の知っているブラックジャックで間違いないね。


「ブラックジャック?」


 俺が首をかしげると、旦那様はトランプの賭けブラックジャックの説明をした。なるほどね、トランプもあるのか。


「トランプとはどのような物ですか?」


「そうだな、じゃあ、現物を見せてやろう」


 旦那様がそう言って中に入ろうとするので奥様が「待って」と止めた。


 解体を終えたハンスたちに「ご苦労さま、ありがとう」と言って労って、その中の1人に声をかけると、ジェンガの説明をして「作れるかしら?」と聞く。


「できると思います。だけど、表面はかなり滑らかじゃないとダメですよね?」


「そうなるわね」


「それに文字はどうしますか?」


「そうね、彫っただけでは読みづらいわね」


 2人が俺を見るので、俺は「色を塗ったらどうですか? 例えば全体は黒で、彫った部分は白」と言う。


「だが、全体に色をつけると滑りが悪くなるぞ」


「それなら彫った字の部分だけ色をつけてもいいし、最後にテーブルなどに塗ってあるような物でコーティングすれば滑りも良くなるのではないですか?」


「なるほどな」


 男の人がうなずいて、それから俺をジロジロと見た。


「本当にポチは面白いな」


「えっ?」


「俺はゴブリンは嫌いだが、ポチならウチにほしいと思うよ」


 男の人が笑うと奥様が「ダメよ」と笑う。


「ポチをアビーから取り上げたら恨まれるわよ」


「そうですね。お嬢様を泣かすのは嫌ですから諦めます」


「ありがとう、ではその積み木を頼んでもいいかしら?」


「はい、どのような内容を彫るのかあとで教えてください」


「わかったわ」


 奥様はそう言って、俺たちはディアの肉を手に入れてホクホク顔で帰っていくハンスたちを見送った。

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