身支度②
その日、夕食の場で、アビーの両親と改めて挨拶をした。
旦那様はフレデリックのフレディ。奥様はマーガレットのマギー。ちなみに、アビーはアビゲイル、ジェムはジェームズ、キムはキンバリーと言う。
「おい、アビー? なんでこの流れで俺はポチ? マックスとかチャーリーとか、バディとかあるよな?」
「うん?」
「『うん?』じゃねぇ!」
「ポチは『ポチ』嫌なの?」
アビーがそう言いながら目をうるうるさせて俺の顔を覗き込む。
「いやぁ」
「嫌なのか?」
「嫌なのかしら?」
「嫌じゃないよな?」
「もう嫌って言っちゃえば?」
おい、キムは絶対に面白がってるだろ?
「嫌じゃ、ないよ」
「うん」
アビーがニコニコするなら『まぁいいか』と思ってしまう自分が怖い。
そして、旦那様と奥様とアビーが食事をしていて、キムが給仕して、俺とジェムがアビーの後ろの壁際で控えて見ているという面白い絵面だけど、やっぱりメニューはパンと野菜スープか……。
「あのさ、ジェム?」
「なんだ?」
「今日はウルフ狩ったからウルフ肉あるよな?」
「あるが、お前たち魔物とは違って人族は肉をすぐには食べずに少し寝かせるんだよ」
「えっ? そうなの?」
「あぁ、狩ってすぐだとおいしくないんだ」
「なるほどね、じゃあ、しばらくしたらジェムやキムも肉を食べられるのか?」
俺が聞くとジェムは「そうだな」とうなずく。すると旦那様が「嘘を言うな、ジェム」と言った。
「旦那様、しかし……」
「私たちに気を使ってお前たちはあまり食べないじゃないか」
旦那様がそう言うと、ジェムは「そんなことは」と言う。
「おいおい、育ち盛りは肉を食わないと育たないぞ」
「うるさい! 旦那様たちだってたまにしか口にされないのに、俺たちが食べれるか?!」
「うん? じゃあ、たくさんあれば食うのか?」
「そりゃあ、食うだろ」
「食いたくないわけではないのか?」
「そりゃあ、食いたいに決まってるだろ!」
そう言ったジェムが「あっ」と声をもらすと、旦那様が「食べたいよなぁ、男の子なんだ。当たり前だよ」とほほえんだ。
おい、この旦那様は仏か? 貴族のイメージかなり変わるんだけど。いや、こんなんだから没落してるのか? いい人が過ぎる……。
「ジェム、罠とかない?」
「罠ってどんなのだ」
「魔物を狩るのに仕掛けておく罠」
「なんに使うんだ?」
「明日からの狩りに決まっているだろ? もし罠があるなら自分の狩りのついでに、ディアを狩って来れるかと思って」
俺が言うと、ジェムは「ディア? 本当か?」と俺を見た。
「いや、わかんないけど……」
俺が言い淀むと、旦那様が「倉庫にあるぞ」と言った。
「昔はウルフを使った追い込み猟と罠を使った猟をおこなっていたらしい」
「どんな罠ですか?」
「くくり罠って言ってな、魔物の足が罠にかかると鉄線で木に吊り上げられる罠だな」
「おぉ、良さそうですね」
俺が笑うと、ジェムが「ディアは楽しみだな」と言う。
「まだ獲れるかわかんないぞ」
「いや、言ったんだから獲ってこい」
「いやいや、たとえばだから、たとえば」
俺がそう言うと、アビーが俺たちを振り返って「ポチ、頑張って」と笑う。この笑顔を見ると『よし、頑張ろう』とか思ってしまう、自分が怖い。
天使か? この子が天使なのか?
「うん、とりあえずやってみるよ」
俺がそう答えると、ジェムが「お嬢様、あまり期待はされないほうがいいですよ」と言う。
「あいつら出会ったらすぐ逃げるし、逃げ足がやばすぎますから」
「足が本当に速いんだよな」
「うまいけどな」
「跳躍もすごいしなぁ」
「マジうまいけどな」
「圧がハンパない!」
俺とそう言うと、奥様が「ジェム、さっさと倉庫に行って、ポチと2人で罠ってのを探しなさい」と言った。
「奥様?」
「ここはキムがいれば大丈夫ですから、あなたたちはあなたたちの仕事をなさい」
「わかりました」
ジェムがそう言うと、旦那様が俺を見る。
「ポチ、武器とかもあると思うから好きなの使っていいぞ」
「本当ですか?」
「あぁ、本当だ」
「ありがとうございます」
俺が笑うと、旦那様が「ゴブリンがこんなに賢いとは知らなかったな」と笑う。
「「えっ?!」」
俺とジェムがシンクロすると、奥様が「ポチは特別ですよ」と言った。
「昔、知り合いがテイムしていたゴブリンはこんなに賢くありませんでしたから」
「おぉ、そうなのか? じゃあ、アビーの目利きが良かったんだな」
旦那様がそう言うと、アビーは「うん」とうなずく。
「ポチはすごいんだよ」
やばい、やばい、これはやばい気がするよ。
「ほぉ、そんなにすごいのか?」
「うん、ウルフが意地悪したらね。ポチが来てビューンって石を投げてバシッとウルフに当たったんだよ」
「「えっ?」」
旦那様と奥様が驚いた。
「ポチはテイムするまえからアビーを助けてくれたのか?」
「うん」
アビーが無邪気に笑うと、旦那様と奥様が俺を見る。
いやぁ、やばいよ、やばいよ。
俺が冷や汗を流しながら「あはは」と愛想笑いをすると、旦那様が「なんで助けてくれたのだ?」と聞く。
聞くよねぇ。そこは聞くよねぇ。
「超絶美少女が失われるのは世界の損失ですから」
俺がサムズアップしながらニカッと笑うと、旦那様も奥様も「うん?」と首をかしげた。すると、ジェムが「言いかた」と笑う。
「お嬢様があまりにもかわいいから思わず助けに入ってしまったらしいです」
「おぉ、そうだろう、そうだろう、アビーはかわいいからなぁ」
旦那様が満足げに何度もうなずくと、奥様が「それはアビーが好きってことかしら?」と聞いた。
「そうですね。推しみたいな感じですけど」
俺が笑うと奥様が「ダメよ!」と怒鳴る。
「いやいや、奥様。そういう好きではないです。アイドル的な、応援しているけど一線は守る的な、もちろん下心が全くないってわけじゃないけど紳士同盟的な、アレですよ。アレ」
「どれよ、意味わからないわ」
奥様が首を横に振るので、俺が「えっ?!」と驚くと、ジェムが「『えっ?!』じゃなぇだろ!?」と怒る。
「いやいや、怒んなくてもよくない?」
「よくない!」
「要はアビーは手の届かない女神的な対象だから、ある意味、崇拝的なアレだから」
「なら最初からそう言え、死にたいのか?!」
「えっ?!」
「だから『えっ?!』じゃねぇだろ? こっちが驚くわ!」
ジェムが怒ると、奥様が「手は出さないのね」ときいた。
「出しませんよ、恐れ多いです。それに俺は『イエス、ロリータ。ノー、タッチ』の皆さんではないので」
再び奥様が「うん?」と首をかしげると、旦那様が「つまりポチにとってアビーは女神様ってことだな」と笑う。
「そうですね、女神。というか、天使的な」
「うんうん、わかるぞ、すごくわかる。アビーは天使だよなぁ」
「ですよねぇ」
俺と旦那様がアビーを見ながら「うんうん」うなずくと奥様が「手は出さないのね」と念を押す。
「出しませんって『ノー、ロリータ』です」
「うんうん『ノー、ロリータ』だよ。うんうん」
おいおい、旦那様は意味わかってないよな? ってか、旦那様の懐はすごい、受け入れがハンパ無い。いい人過ぎて、本当に心配だよ、この人。
奥様は「はぁ」と息を吐きながら頭を押さえて「手を出すことは許さないわよ。わかったわね」と言う。
「もちろんですよ、奥様。というか手を出そうとする輩は俺が断罪してやりますよ」
「そう、わかっているならいいのよ」
奥様はうなずいて「では早く倉庫に行きなさい」と言うので、俺とジェムは「わかりました」と言って部屋を出る。
いやぁ、危なかった……大丈夫だよな?




