身支度①
「うわぁ、マジか? マジか?」
「うるさい、黙っていろ!」
「いやいや、ヒィ、ヒィ、ヒヒヒィ」
「へんな笑い方をするな」
「やめろ、やめれ、あはは、あひゃ、あひゃひゃひゃ」
俺はジェムに穢された。
「初めてだったのに」
「へんな言いかたをするな。洗ってやっただけだろうが」
「だって、だって……」
俺がそう言うとバシッと頭を叩かれた。
「ぶったね、母さんにもぶたれた事ないのに」
「なんで母さんなんだ?」
「いやいや、そこはいろいろあるんだから察してよ。ってかさ、乱暴するならアビーに言うからな」
俺がそう言うと、ジェムは「フフッ」と鼻で笑う。
「チクるのか?」
「チクるよ」
「弱虫か?」
「弱虫だ!」
俺がそう言ったあとで「言ってやろ、言ってやろ、アビーに言ってやろ」と言うとジェムは「ふん、言えばいいだろ?」と開き直った。
「いいのか?」
「いいぞ、その代わり俺はお前がお嬢様の従者を嫌がっていることを言うからな」
「なっ?! ばっ、馬鹿やろ! そんなこと言ったらアビーが泣くぞ」
「そうだな、お前のせいでお嬢様は泣くだろうな」
「きっ、きたねぇな」
「なんとでも言うがいい」
ジェムはそう言うと俺に井戸の水をかける。
「っ、つめてぇ」
「我慢しろ」
「無理!」
「いちいち、うるさいやつだな」
そう言ったジェムが、またビシャっと俺に水をかける。
「うん? 慣れた?」
「そんな簡単に慣れるわけないだろ?」
「えっ?」
「一応、魔法道具で温めてやってんだ」
見ると確かに井戸から汲んだ水を溜めてあるタライに何か入っている。
「でも、最初のは冷たかったよ」
「まだ温まりきらなかったんだろ?」
そう言ったジェムがニヤリと笑うので、俺は「おい」と言う。
「わざとだろ? わざとやったんだろが!」
「うるさい、これでお前も魔法道具のありがたさが骨身に染みてわかっただろ?」
「そんなの口で言えばわかりますぅー、嫌がらせはやめてくださいぃー」
「うるさい!」
「っ、冷たぁ、馬鹿なのか? なぁ、お前は馬鹿なのか? 死んじゃうよ、こんな冷たいのいきなりかけられたら死んじゃうんだからな」
俺が抗議してもジェムは「だか、お前はまだ死んでいないだろ?」と笑う。
「なにそれ? 秘孔をついた逆パターン?」
「うん?」
「いや、なんでもない。ってかさ、風呂ないの?」
「馬鹿やろう、あんな贅沢な物があるわけないだろ? あんな物は上級貴族の家にしかない」
「そうか」
俺が納得すると、ジェムは今度は俺の頭を洗いながら「なんでゴブリンが風呂を知っているんだ」と呟いた。
おぉ、まずいね。
俺がそんなふうに思っていたら「ずいぶんと楽しそうだね、ジェム」とメイド服の女の子が話しかけて来た。
「楽しくなんかないさ」
「でも、その子、面白いじゃない」
「うるさいだけだよ」
ジェムがそう言うので、俺は「ジェム、紹介しろ? 誰だ、このかわいい子は?」と小声で言う。
「うん? 見てわかるだろ、メイドのキムだよ」
「違うだろ」
俺はそう言って「紹介だ、紹介」と小声で言うとジェムは「うん?」と首をかしげた。
「マジか? お前はマジなのか?」
「あぁ、キム、こいつはポチ。お嬢様にテイムされたレッサーゴブリンだ」
「そうなのね。ゴブリンって気持ち悪いと思ってたけど、この子は面白いわね」
おぉ、君。お目が高いよ。
「紹介に預かりました、ポチです。キムさん、これからよろしく」
俺がそう言ってニヤリとすると、キムが「プフッ」と笑う。
うん?
「あぁ、なんか、ごめんね。だって、ポチ、全裸なのにカッコつけてるから、面白くて」
キムが涙目になりながら笑うので、俺は「あっ」と声をもらしてから大事なところを隠した。
「いまさら遅いだろ?」
「いやいや、まだ間に合った。俺の尊厳は守られた?」
「腹を抱えて笑っているキムを見ても、まだ尊厳が守られたと思うのか?」
俺が「ぐぬぬ」と悔しがると、ジェムは何度もうなずきながら俺の肩に手をおいた。
「同情なんていらねぇんだよ!」
「フッ」
「くそ、ジェームズ、覚えてやがれ」
俺はそう言ったがジェムにバシャと水をかけられたあとで、ガシガシとタオルで頭を拭かれて、もうひとつのタオルでキムに体を拭かれる。
「いや、ダメ。そったらところ……」
「うるさい」
「ジェム、この子、マジで面白い」
すべて拭かれたら、まずはパンツを履いて、ランニングシャツ、それから靴下にズボン。襟付きシャツにズボンをサスペンダーで吊って、ベストを羽織る。靴は皮のブーツだ。
「おぉ、カッコいいね」
キムがそう言うとジェムがすぐに「どこが?」と被せる。
「おい、ここはお世辞でも『カッコいいですよ、お客様』って言うところじゃろがい!」
「誰がお客様なんだ? 誰が?」
「そんなもん、言葉の綾だろ? はい、出ました。いちいち細かいこと言うやつぅ」
するとキムが「ブフッ」と笑い、ジェムが「まぁ、少し見れるようになったな」と頭をかいた。
「素直じゃないね、まったく」
「はぁ?」
「まぁ、ここまで着こなしてしまう。俺に嫉妬してしまうのは仕方のないことだろう」
俺はそう言いながら足を開いて「ヒューッ」と言って、スタンドを持っている人たち風に立つと、ジェムは「アホか」と言ったが、キムがまた腹を抱えて笑った。
「うん、自分の魅力が怖い」
「いやいや、俺はこの先ずっとお前に付き合わなければいけないか? と思うのが怖いよ」
「うん?」
「『うん?』じゃねぇ!」
ジェムが吠えると、キムが「うつってる」と言いながらケラケラと笑った。
「それで? 武器はどうする?」
「うーん、とりあえずは投石とナイフかな?」
「とりあえず?」
「うん、まだ弓は引けないと思うし、剣も重くて振り回されるよ」
俺がそう答えるとジェムは腕を組んで、俺をジロジロと見た。
「お前さ、本当にレッサーゴブリンか?」
「えっ?」
俺が驚くと、キムは涙を拭いながら「なに言ってんの? ジェム」と言う。
「見るからにレッサーゴブリンだよね?」
「そうだけど、こいつ、すごく賢いんだ」
「えっ?」
「風呂のことを知ってたし、まだ自分に扱えない武器まで把握している。それにキム、俺たちは服の着方を教えたか?」
「あっ」
キムが目を見開いて、それから俺の足元を見た。
「ブーツの靴紐まできちんと結べているなんて……」
「おい、お前は何者だ? よく考えたらレッサーゴブリンがウルフからお嬢様を守るのもおかしい」
ジェムが剣の柄に手をおくので、俺は「ちょっと、待って」と手で静止する。
「あのさ、話しても信じてもらえないと思うんだけど」
「いいから話せ、信じる、信じないは聞いてから決める」
「えっと、話さなかったら?」
「殺す」
ジェムがグッと殺気を放つとキムが「ヒィ」と声をもらして、俺の胃もギュッとなった。




