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男爵家①

 アビーの家は郊外にある屋敷だった。周囲は畑で、俺がいた森と小さな小川が近くにある。


 ヨーロッパの農村風景って感じだけど、なんとなく周りも寂れているし、屋敷も心なしかボロい。


「えっと、もしかしてアビーの家って没落貴族?」


「没落貴族?」


 アビーが首をかしげるとジェムが「貴様!」と怒った。


「いちいち怒るなって」


「だが……」


「怒ったってことは図星ってことだろ?」


「そんなことは……」


「じゃあ、違うの?」


「いや、少しアレだ。ちょっと、その、今は調子が悪いだけだ」


「なるほどね」


 俺はうなずく。


 没落貴族だな、これは……まあ、そうだよな。没落貴族でもなければ大事なお嬢様を腕が立つとはいえ子供の従者1人に任せるはずない。


「となると、とりあえずは内政チートかなぁ?」


「内政チートとはなんだ?」


「うん、俺はアビーの家の立て直しを手伝うんだろ?」


 俺が聞くとジェムは目を見開いた。


「まあ、間接的にはそういうことになるな」


「間接的?」


「そうだ。お嬢様が王都の学園に行くにはある程度の武力が必要だ。そのためにテイマーの一族であるお嬢様は魔物をテイムすることにしたのだ」


「えっ? いやいや、俺に武力なんて求められても無理だよ」


 俺がそう言ったとき「おかえりなさい、アビー」とその人は来た。


「ただいま、お母様」


「それで? ウルフは?」


 女の人は見えているのに俺を見ないようにして、周りを見た。


「うん、ポチだよ」


 アビーが俺を紹介しても女の人は「どこかしら?」とほほえむ。


「ポチ」


「どこ?」


「ポチ!」


「アビー、こんなみすぼらしいゴブリンは今すぐに捨ててらっしゃい。ウチでゴブリンは飼えないわよ」


 女の人がそう言って俺をキッとにらむ。それでもアビーは引き下がらずに「でも、ポチ。強いよ」と言った。


 いやいや、強くないよ。


「そんなわけないでしょ?!」


 うん、その通り。


「これ、レッサーゴブリンじゃない。これはあのホーンラビットに並ぶ最弱種。そうよ、どうせならホーンラビットにしてちょうだい。ゴブリンはダメ、ゴブリンはダメよ」


 アビーが「でも……」とうつむくので、ジェムが「失礼ながら」と割り込む。


「奥様、このポチはウルフからお嬢様を助けて、しかもウルフの攻撃をすべて避けました。ちょっと性格はアレですが、鍛えれば強くなるかと」


 おい、お前は余計なことを言うな! それに性格がアレってなんだ!


「だけどね、ジェム。我がブラックドッグ家は歴代ウルフをテイムしているの、それをゴブリンなんて、ほかの貴族家に笑われるわ」


 奥様がそう言うと、アビーが「嫌」と俺に抱きついた。


「ポチは私の初めての友達なんだもん。友達なんだもん」


「だけどねぇ」


 奥様が腕を組むので、俺はアビーの頭をなでた。


「うん、奥様の言う通りだよ。俺みたいなゴブリンを従者として学園に連れて行ったらアビーが笑われると思うよ」


 俺がそう言うと奥様は「あら」とほほえんで俺を見た。


『あなぁた、もしかして話のわかるゴブリンかしら?』


『そうでゲスぜ、奥様。あっしは話のわかるゴブリンでさぁ』


『そう、じゃあ、話を合わせるのですよ』


『おまかせくだせぇ、奥様』


『ホーッ、ホッホッホッ』


『グヘヘ、グヘヘ』


 と目と小さなうなずきで奥様と俺はわかり合った。


「じゃあ、そのゴブリンをポチと認めてあげるから次はそのゴブリンに協力してもらって強いウルフをテイムしなさい」


「えっ?」


「そして、学園にはその強いウルフを連れて行けばいいわ」


「ちょっ、ちょっ、ちょっと、奥様?」


「なにかしら?」


「俺が手伝うんですか?」


「そうよ、あなたはアビーの従者でしょ?」


「えっ、えっ?! なんでそうなるの?」


 どうやらアイコンタクトも小さなうなずきも意思の疎通はできないらしい。ってか、俺はそんなハイスペックじゃなかったぁ。


 俺が頭を抱えると、アビーは「良かったね、ポチ」と笑う。


 いやいや、いや、全然良くないよ。そんなかわいい顔しても、俺は騙されないからね。


 やばい、やばい、マジで、やばい。


「良かったな、ポチ。奥様に認められたからこれで安心してお嬢様のために働けるぞ」


 ジェムがニヤニヤと笑う。


 きさま、計ったな!? あそこで性格がアレって言ったのは、クソ、くそ。


「ジェム、とりあえずポチは綺麗に洗って服を着せなさい。それから必要な物を与えて、少しでも早くウルフをテイムさせるのですよ。いいですね?」


「はい、奥様」


 ジェムが丁寧に頭を下げると、奥様が「アビー、お茶にしますよ」と言って去っていくので、アビーが「あとでね、ポチ」ともう一度俺をギュッと抱きしめてから奥様について行く。


 取り残された俺はそれを見送ってから、ジェムを見た。


「計ったな、ジェームズ!?」


「なんのことだ?」


「あそこで、俺の性格がアレとか言って、俺に口を出させやがって」


「うん?」


「『うん?』じゃねぇ!」


 するとジェムは「クククッ」と笑う。


「どこの悪党だ、お前!?」


「諦めろ、ポチ」


「えっ?」


「残念ながらお嬢様はお前を気に入っている。しかもお嬢様にとって初めての友達なのだ。いまさら替えは効かない。あそこで助けに入ったお前が悪い」


「なっ?! マジか?」


「マジだ」


「どうしてもか?」


「どうしてもだ」


 俺が「嘘だろ」とうなだれると、ジェムは「だが」と続ける。


「学園行きは免れるかもしれないじゃないか」


「えっ?」


「考えてもみろ、学園なんて言ったらクソ生意気なやつに絡まれて、しかも相手が上級貴族なら逆らうことも出来ずにいびられるぞ」


「まさか、そんな」


「あり得るだろ? ウルフならモフモフだから可愛がられるが、お前は違う。女の子たちに嫌がられて、男の子たちからいびられる」


 おいおい、ありえるな、どこまでもありえるな、それこそ……俺が真っ白になる。


「やばいな、それは……」


「そうだ。だから頑張って強いウルフをお嬢様がテイムできるようにしろ」


「強いウルフじゃないとダメなのか? その辺の子供のウルフを掻っ攫ってくればいいじゃないか?」


 俺がそう言うと、ジェムは「気づいてはいたが」と笑う。


「お前アレな、ゲスなのな」


「って、お前がいうのか? それを」


「うん?」


「『うん?』じゃねぇ、剣で脅してアビーの従者にしやがって!」


「なんの話だ?」


「『なんの話だ?』じゃねぇだろ? いちいち柄に手をかけやがって!」


 俺がそう言うとジェムが「あぁ」と笑う。


「これは癖だ。他意はない」


「嘘だろ?」


「嘘だ」


「おい!」


 俺がツッコミを入れると、ジェムは「フフッ」と笑う。


「なに笑ってんだ」


「いや、騒がしい奴が来て楽しくなりそうだと思ってな」


「うん?」


「いや、なんでもない。行くぞ」


 歩き出したジェムに続いて俺は中庭に出た。

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