19 傷だらけでも私達は笑う
今日は卒業式だ。結局あれから私と無月は何事もないまま卒業式を迎える事になる。はずだった。
式の途中、小気味よく卒業生一同の名前が呼ばれていった。そして無月の順番が回ってきたが、返事はなかった。そのまま間を置いて、次の人の名前が呼ばれる。見れば、無月の席は空いていた。さっきまで教室で普通に会話していたのに、どこに行ってしまったのだろう。
無月のいないまま式が終わった。無月の居場所、天ちゃんなら知っているだろうか。
「天ちゃん」
「あっ、春海ちゃん!無月ちゃんってどこに行ったの?」
「それが分からなくて……天ちゃんなら分かるかなと思ったんだけど」
「これはまずいかもしれない……」
「え?」
「とりあえず教室に行こう」
天ちゃんの言う通り、教室に向かう。私の席の机に、一枚の紙が置いてあった。
『次は春海の番だよ』
「え……?」
「これはまずい……開示如きじゃ呪いは解けなかったか」
「何……?」
「春海ちゃん、落ち着いて聞いてほしい。今、無月ちゃんは死のうとしている」
「どういうこと……?」
「今度は春海ちゃんがループする事になるかもしれないって事!とりあえず、無月ちゃんが最期に行きそうな所は?!」
どこだろう。無月が行く所。無月が好きな場所。無月が、最期に見たい風景。
「!」
「分かった!?分かったらそこに向かって!」
「うん!」
一つ、思い当たる所がある。唯一の可能性に賭けて、私は急いでバス停へ向かっていた。
そういえば、最初は私が傷だらけだったと無月から聞いた。今度は私がループするかもしれないって、またそれを繰り返すという事なのだろうか。
バスに揺られて着いた場所。あの日、学校をさぼって無月と来た海岸。私と同じ制服の傷だらけの少女が、背を向けて膝下まで海に浸かっていた。
「無月!」
「……どうしてここが分かったの」
「無月があの日、言っていたから。還るなら、春の海がいいって」
「……して」
「?」
「どうして、あんな理由で春海は死んだの!?どうして私をまた一人にしたの!?」
「あんな理由……?」
「私がこの未来に辿り着くまで、どれだけ苦しんだか分かってるの!?私が何度、春海の亡骸を見たと思ってるの……」
「……無月」
「……何」
「……ごめんなさい」
謝ると、無月はゆっくりこちらに向き直った。麗らかなはずの春の光が、無月の悲しみを一筋一筋照らしていく。
「……そうよ、春海が悪いの。今の春海が悪くなくても、それは春海の業だから。春海が……違う、違うわ、私が悪いの。私が最初に死んだから、私が始めたの、私が全部悪いの」
「無月」
「私が悪いのに、全部始めたのに、その上また春海に繰り返させようとした、私最悪だ……ねえ、春海、もう終わりにしよう、二人で死んで、全部終わりに」
「無月!」
「……そうだね、全部終わりにしよう」
「終わりにする為に、生きよう。二人で」
それを聞いた途端、無月は堰を切ったように泣き出した。整った顔立ちをくしゃくしゃにして、赤子のように泣き叫ぶ。
「ほんとはね、私、春海と生きたかったの、死ぬのだって、こわくて、」
無月の背中を押すように低い波が打ち寄せる。夕日を背に泣きじゃくる彼女の姿、たまらず私はあやすように彼女を抱きしめた。
海辺に二人で座る。まるで、夏のあの日のよう。
無月はすっかり落ち着いたけれど、その目は痛々しい赤を湛えていた。
夕日が沈んでいくのを二人でただぼーっと眺めている。
「春海」
「なに?」
「夕日、きれいだね」
「うん……明日もきっといい天気だね」
「……春海」
「ん?」
「終わりにするんだよね」
「そうだよ。生きてね」
それを聞いた無月が次第に笑い出す。ひとしきり笑ってから、呟くように言った。
「長かった……長かったよ」
「……ありがとうね」
「……こちらこそ、ありがとう」
夕焼け色に染まった海岸。うみねこはその鳴き声で私達を祝福していた。




