12 フィーネ
「春海、おはよう。あの、聞きたいことがあるんだけど……って、春海?」
近づいて話しかけてきた無月を無視して席を立つ。
私は無月と距離を置くことに決めた。急に無視するようになったから、無月は戸惑っているようで、正直心が痛む。けれどこれも無月の為なんだと思う。
「ねえ、春海」
「春海」
「春海、どうしたの」
「ねえ!」
幾度もすれ違い、無視をするのが何度目かもう分からない頃、無月に手首を掴まれる。振りほどきたいけれど振りほどけない。ここで拒絶したらすべてが終わってしまう気がするから。
「無視しないで。何かあったなら私に言ってよ……」
鼻の奥がじんじん痛む。気を抜けば涙が溢れてしまいそうだった。
「ねえ、あの絵があの場所から無くなった事と関係あるの……?」
涙を堪える。ちゃんと、ちゃんと終わらせる。でないと無月が不幸なままだ。
「ねえ、答えてよ、春海……」
「関係ないよ」
「あの絵は、私が捨てたんだよ」
「無月、今までごめんね。ばいばい」
「春海っ……待って!」
手を振りほどいて、一思いに階段を駆けのぼる。あの日の事を思い返しながら。
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「何……してるの……」
愕然として、言葉が出なかった。理由なんて本当は聞きたくもなかった。それでも聞かずにはいられなかった。
「え〜?なんでって……んー、水縹さん、最近岸波さんと仲良くしててなんかムカつくから」
「岸波さんは水縹さんと違う階級にいるんだから、仲良くしちゃだめでしょ」
その人は落書きする手を止めて、笑いながらそう言った。あの日二人で描いたヒマワリ畑は、その人の手元で黒くぐしゃぐしゃに塗りつぶされていた。まるで、私達の日々をすべて否定するかのように。
「は……そんな……事で……?」
わけが分からずその人に掴みかかる。上げた拳は振り下ろす前に制されて、胸ぐらを掴み返された私はそのまま壁に強く打ちつけられた。
「こんな所に絵なんて飾ってるあんたが悪いんでしょ!?大体、なんでそんな怒るのよ!絵ごときで!」
「ちょっと、暴力振るうと内申に響くよ」
「分かってるよ。もう行こう」
その人は私から雑に手を離すと、グループの人達と一緒に逃げるように去っていった。
絵ごとき。ああ、私の生きがいも否定されてしまった。存在も生きがいもあの日々も、全部全部否定された。
……私と無月じゃ階級が違うって言ってたな。そうなんだ、私なんかが無月と仲良くしちゃ駄目なんだ。私といるだけで、無月に迷惑がかかる。二人だけの世界を作ること自体、許されないことだったんだ。
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本校舎の屋上に着いて、柵を越える。
一歩踏み出せば落ちてしまう。
下を見ると足がすくむ。
けれど、今ここから飛び降りる事より、これから無月のいない世界を生きる方が怖くて、好きな人を裏切って生き続ける方がよっぽど痛いのだと思う。
……だから、ごめんね、無月。
「待って!!」
飛び降りるのを躊躇った瞬間、腕を掴まれる。振り返るとそこには、見知らぬ長い黒髪の女の子が立っていた。




