リバイヴ・オブ・ディスピア 威圧
いきなり現れ、いきなり勝負を吹っ掛けてきた男を見て、リューが訝しげな表情を浮かべる。灰色の短髪に黄色の瞳。暗色の全身鎧に身を包み、幅広の大剣を背に差している。装備の質から、かなり上位のプレイヤーであることが分かった。頭上を注視してプレイヤーネームを確認すると、表示された名は……オロボス。レベルは68。それを見て、首を傾げるリュー。まるで記憶にない名前だった。まず、間違いなく初対面の相手である。なので、
「初めまして。リューです。俺に何かご用ですか?」
くるりと相手の方に向き直り、ペコリと一礼。顔を上げ、浮かべて見せるは余所行きスマイル。初対面の人に対するデフォルト対応をして見せた。
喧嘩腰に突っかかったにも拘わらず、やけに丁寧な態度で返され、「お、おう?」と少し戸惑った様子を見せるオロボス。取り巻きもどこか困惑している。
ファーストコンタクトの勝者―――リュー。いや、一体何の勝負なのかは分からないが。
言葉に詰まってしまったオロボスたちの様子にどうしたのだろう? と首を傾げたリューが、再度声をかける。
「あの……。どうかしましたか? 俺に用事があったんじゃ……」
「あ? ああ、用事ね用事……って、その通りだな! お前に用があんだよ! 神官リュー!」
「あ、間違ってませんでしたか。良かったです」
「おう! 良かったなァ!」
呆然としていたことを誤魔化すようにやけにテンション高めで返答するオロボス。「なんでこの人こんなにハイテンション何だろう?」という無言の視線がリューとイーリスから放たれる。ちなみに、イーリスはオロボスが登場した時点で、即座にリューの背後に隠れて、半分だけ顔を出して様子を窺っている。アヤメを抱きしめたまま、である。
イーリスがちょいちょいとリューの神官服の裾を引いた。「何ですか?」と振り向くリューに、イーリスはオロボスたちの方を指さしながら、口を開く。
「リュー様、あれは旅芸人の類ですか? なんだか、見ててとても面白いです」
「こら、そういうことを言ってはいけませんよ。それに、人に向かって指をささない」
「ご、ごめんなさい」
すぐに指を引っ込めて、ささっと体の後ろにそれを隠したイーリスが、「これでいいですか?」とリューに上目遣いで問いかける。「ええ。よくできました」と笑みを浮かべたリューに、イーリスは「えへへ」と笑みをこぼした。
「――――テメェ!! 人のこと無視してイチャついてんじゃねぇよッ!!」
「えっ、あ、はい。ごめんなさい?」
オロボス、魂の叫び。なぜか悲痛さすら感じさせるような、聞いていると悲しくなるほどに感情が込められた叫びだった。血涙とか流しそうである。後ろの男たちも同じ感じだ。
ただひたすらな必死さだけは伝わって来たので、とりあえず謝罪をしておくリュー。だが、彼らの怒りは収まらなかったようで、「そうだそうだ!」とか「真面目にやりやがれ!」とか「このロリコン野郎が!」といったような罵声が浴びせられる。
ビシビシと伝わってくる怒気に、限界を迎えたのはイーリスだった。モンスターを相手にするのとはまた違った恐ろしさ。人間の激情にはそれがあるのだ。どこか怯えた様子でリューの服を掴む力を強め、さらに密着度を上げる。
「ひぅ……リューさまぁ……」
ポツリと零された震え声。怯えの感情が多大に含まれたそれを聞いたリューは、イーリスの身をむしばむ恐怖を祓うように頭を撫でると、優しい声音で囁いた。
「安心してください。大丈夫ですから」
その一言だけで、イーリスの心は驚くほど凪いでいく。それは、リューに対する絶対の信頼があってこそのこと。聖女様は、己を騎士として守ってくれる少年のことを、何よりも信じている。
そして、聖女の守り手である少年は、その期待に真っ向から答えた。スッと感情の消えた瞳でいまだに騒いでいるオロボスたちを睥睨し、ポツリとつぶやいた。
「――――少し、黙れ」
ゾクリ。
騒いでいたオロボスたちは、リューから放たれる強烈な『威圧感』に言葉を失った。まるで、リューの放つ怒気が鎖となってオロボスたちの体に巻き付いたかのよう。
オロボスたちが放った『敵意』をリューが感知したり、リューの『威圧感』によってオロボスたちが硬直したりした現象。これは、今回の大型アップデートによって実装された『精神感覚』によるものである。プレイヤーが発している感情が、ある一定の条件まで達すると、他のプレイヤーに影響を与える様になるというもの。簡単に言えば、『敵意』や『殺気』を感じ取ることができたり、『気当たり』のようなことができたりするシステムだ。とはいえ、スキルやアーツではないので、発動できるかどうかはプレイヤースキル次第である。
リューがオロボスたちに行ったのは『威圧』。自分よりもレベルの低いモノにしか効果が無いが、意識一つで相手を怯ませることができる。
すでに妹のようにかわいがっているイーリスを怖がらせたやつらに対する怒り。お兄ちゃんは下の子が虐められるのを許さない。そんな思いが自然と『威圧』を発動させた。とはいえ、本人はそんなことに気づいてないので、たった一声でオロボスたちが黙ったのを見て、自分の声はそんなに怖かったのかと、内心で地味に傷ついていたりする。
「……で、何なんだアンタたち。そうやってイーリス様を怖がらせることが目的で来たんなら容赦なくぶっ飛ばすぞ?」
もはや敬語もかなぐり捨ててオロボスたちを睨みつけるリュー。いつもより怒りっぽい気がするのは、取り巻きたちの野次の中にあった「ロリコン野郎」という一言が地味に影響しているからだろう。
そんなリューに、どこか慌てた様子でオロボスがまくしたてた。
「ち、ちげぇわ! 俺らがそんなクソみてぇな真似するわけねぇだろ!」
「ほう? じゃあ、要件を早く言えよ」
「言っただろうがよぉ! 俺らと勝負しねぇかってッ!!」
「勝負? ……ああ、言ってたな。そんなこと」
「そんなことッ!?」
最も重要な本題を『そんなこと』と切って捨てられたオロボスが素っ頓狂な声を上げる。「あれ? イーリス様の言う通り、もしかしてこいつらって……芸人?」とリューが思っていると、オロボスは肩を怒らせずんずんと迫り、ギロリと至近距離でリューを睨みつけた。
「俺らと戦えや、神官ヤロー」
「……なぜお前らが俺に喧嘩を売るのかは知らんが…………いいだろう」
スッ、とリューの口元が裂け、ちらりと犬歯が覗く。その飢えた獣の如き笑みは、オロボスの足を無意識に下がらせるほどの威圧感があった。
神官スマイル、ここに極まれり。リューは紅戦棍を取り出し、凶悪なヘッドをオロボスののど元に突き付け、挑発的に言った。
「全員まとめてかかってこい。イーリス様を怖がらせた報いをくれてやるよ」
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