エピローグ
シフォンの洋服は汚れてしまっていて一度マンションに戻り着替えを済ませて再び出かける。
行先はあの定食屋だった。
理由としてはシフォンがまた行きたいと言い出したから。
あの時と同じなす味噌定食と生姜焼き定食に大ライスに小ライス。
「なぁ、シフォン聞いていいか」
「何ですか?」
「実体で居る為にまだそんなに摂取しないといけないのか?」
「啓太と同じ体ですよ。ただ少しだけヒーリングの力が強いですけど」
「それって怪我の治りが早いとかか?」
「あと、病気にはなりません。注射とかあり得ないですから」
「まぁ、元が天使の見習いなのだから病院はまずいよな。にしても」
「お腹が空いてるだけです」
シフォンの答えは直球だった。
って、これから毎日そんなに食べるのだろうか?
「そんなに食べて大丈夫なのか?」
「啓太の心配は私が大きくなると言う事ですか? それなら心配いりません私の体は器みたいなものですからこれ以上は変化しません。それとももう少し胸が大きい方が良いとか」
「俺はそのままで良いと思うよ」
シフォンの『胸』と言う言葉とシフォンが両手を胸に当てている姿を見て周りの男子学生の視線を一気に集めてしまっている。
が、気にしない。
「「いただきます」」
両手を合わせて食べ物に感謝を示し箸を繰り出す。
すると視線が一気に引いていく。
箸を使ってはいるけれどその姿はまるで……
城に潜入して大怪我をし、その怪我を24時間で直そうとガツガツと大食いをしているどこぞの大泥棒も真っ青だった。
大きなどんぶりを小さな左手に持ち、ご飯・なす味噌・ご飯・なす味噌・ご飯・ご飯・お茶と言うリズムで食べている。
俺はそんなシフォンを微笑みながら見ているのだろう。
するとシフォンが俺の目の前に箸を突き出した。
「啓太、笑うの禁止です?」
「はぁ? あのな、シフォンの願いだったんじゃないのか?」
「禁止です。それと私も啓太と一緒に働きます」
「ええ? まぁ店長は大喜びするけどさ」
「その瞳はずるいです。あんなの許せないです」
「ああ、あれね」
それは大学の中庭の騒ぎが一頻り収まってマンションにシフォンを連れて帰ろうとした時だった。
俺はノッチの幼馴染に呼ばれて校舎を見上げた。
「啓太! ガンバ!」
そこには彼女の姿と共に大勢の女子学生達の姿もあった。
彼女の声に応えるために笑顔で手を振るとガラスが割れんばかりの黄色い声援が上がってシフォンを見ると頬を膨らませてそっぽを向いた。
何か地雷の様な物を踏んでしまったらしい。
俺には何が変わってそうなるのかが判らず、ノッチの言った言葉がそれなのだろう。
『お前の瞳で見つめられたら大概の女の子はキュン死するからだ』
でも、それは俺だけじゃないのを知っている。
「どうして笑ったらダメなんだ?」
「私にだけじゃないからです」
「それじゃ、俺と一緒じゃないか」
「どうしてですか?」
「シフォン、好きだよ」
「け、啓太。何でこんな所で言うです? 恥ずかしいです」
俺の突拍子もない言葉にシフォンが驚いて音を立てて立ち上がった。
周りの視線に気づきシフォンが笑顔で頭を下げた。
すると、周りに居た男達の顔が真っ赤になり店の温度を急上昇させた。
「ほらな。俺だけじゃないだろ」
「啓太は意地悪ですね」
「まぁ、他にも方法があるんだけどそっちは大変な事になりそうだからね」
「その方法を教えてください」
「しない方が良いと思うよ」
「啓太、命令です」
「どうなっても知らないし絶対に怒るなよ」
「怒りません」
シフォンが真っ直ぐに微笑み無しで俺の目を凝視している。
やらなかった場合には後々のフォローが大変そうだ。
まぁ、やっても同じような物だけどな。
仕方なく実行に移す。
指でシフォンの柔らかそうな胸を突っつく。
キュン死どころかマジで心臓が停止しそうなあられもない声をシフォンが上げた。
男共が座ったまま凍りつき一点に手を当てて屈みこんでいる。
中には鼻血をだして手で押さえている奴もいる。
おばちゃんがティッシュの箱を持って走り回っているのを見て勘定をし緊急離脱する。
「啓太は酷いです。あんまりです女の子の胸をツンツンするなんて」
「ああ、怒ってる」
「当然です」
「禁止事項第一条の一 天使は人を欺いてはならない」
「ずるいです。それに私は天使じゃありません見習いです。それに今は見習いですらないでっす」
「俺の天使だから良いの」
「な、何を。俺の天使とか平気で言うけど恥ずかしくないですか?」
「恥ずかしくないよ。俺はシフォンの喜ぶ顔を見たいからね。嘘偽りなく本当の事を言っているだけだよ」
「私が恥ずかしくなってきました」
喜んでいるのか拗ねているのか女の子って良く判らないけどシフォンが一番なのは事実だ。
少し気になる事をシフォンに聞いてみる。
「なぁ、シフォン達と俺達って時間の流れが違うだろ。なんて言うかな人には終わりがある訳だし」
「あ、主様からの伝言を思い出しました」
「俺に?」
「はい、『一緒に会いにおいで』だそうです」
「なんだ、そうか」
その伝言で妙に納得と言うか合点が行った気がする。
「何ですか? 教えてください」
「俺の側居てくれればその内に判るよ」
「内緒ですか? 私には内緒なんですか?」
「俺の存在の力とシフォンの存在の力はイコールだって事だよ」
「判んないです」
「行くよ」
「何処にですか? 啓太、待ってよ」
「一緒に働くんだろ」
「うん! でも何もいらないの?」
「シフォンなら即決確定だよ」
走ってきて俺の腕を掴んでシフォンが笑顔で俺を見上げている。
俺も微笑み返す。
色々な物を見つけ色んな出会いがあり。
そして時に壊れ失っていき別れがある。
掴み選ぶのは自分自身。
そこに笑顔があればそれが幸せって言う奴なのかもしれない。