7.愚か者の戯言
次は、儚の視点になりしばらく続きます。
―――出逢ってから、かつきはずっと優しかった。
彼と会ったのは両親を亡くしたばかりで、一人でもまともに生きていかなければと気負っていたころだった。
あの頃は、何処からが甘えなのかが分からなくて。人と一線置くようになっていた。今でも甘えるのは下手だけれど、当時は現在の比じゃなかった。まるで手負いの獣のように、人になるべく近づかないようにしていた。
あのころを振り返ってみると、親しくなった人を失うのが怖かったのだと思う。
いともたやすく、私の前からいなくなった両親。どうして一緒に連れて逝ってくれなかったのかと、聞かれたらどやされそうな事を四六時中考えていた。生きている実感がなかった。
特に楽しみもなく、日々の生活費を稼ぐために慣れない仕事をして…。
へこたれている場合じゃないと、両親に恥じない生き方をするのだという考えはあったけれど、心がどうしてもついて行かなかった。
駄目なのだ。どんなにがむしゃらになっても、埋められない穴が淋しくて、悲しくて…。
人と距離を置くようになった私には、こんな胸の内を話せる友人もいなかった。
そんな私に力を取り戻させてくれたのが、かつきだった。
かつきと初めて会ったのは、私が勤めている会社の近くの公園でお昼を取っているときだ。極力お金を遣わないようにしていた私は、毎日お弁当を持参していたため混み合った社員食堂でご飯を食べるのを申し訳なく感じていた。
入社当初こそ、数少ない同期の人に付き合って食堂で食べていたが、あまりの混みように一緒に食べるのを遠慮するようになった。
実際、高校卒業とともに働き始めた私には、大学を卒業した人たちはとても大人にみえ、お互いに気まずさを感じていた。
溜め息をつきながら、食欲は無いが口にお弁当を運ぶ。
…両親がいなくなってから、食欲が減った。忙しくて、まともにご飯が食べる時間がなかったし。常に次のことや、見えない将来の事を考えながら一人で食べる食事は、苦痛だった。昔はダイエットしたくても、ついついお菓子に手を出して、からかわれていたのに…。
―――嗚呼、駄目だ。過去を思い出しては涙が出る。人は少ないが、外で泣くわけにはいかない。誰に見られているか分からないし、ヘタに慰められるのも嫌いだ。
大丈夫かと聞かれても、嘘をつくしかないし。むしろ大丈夫に貴方には見えるのですか?大丈夫な訳がないでしょうと、八つ当たりしたくなる。
そして、優しくしてくれた人にまで、そんな態度をとってしまいそうな自分が嫌いでしょうがなかった。
ようは臆病なだけなのだ。人に心の内を明かすのも、涙を見せるのも怖くてたまらない。意気地がないから、近づいてきた人を牽制する。
それでも…事情を知った人が『可哀想な人間を見る目』で見てくることが、耐えられなかった。
『…ねぇ、知らないの?可哀想っていうのはね、自分より目下の者に使う言葉なのよ。だからね、貴方が憐みのつもりで使っているその言葉は、何よりも私を馬鹿にしているし、馬鹿にしていると公言しているようなものなのよ』
いつか見た映画の、女優のセリフが頭に浮かんでいた…。




