23.譲れない想い
普段よりも、なお小さく見える儚に声をかける。
「はーかな」
涙ぐんでいる彼女は少しかわいそうだが、とても可愛らしく見えた。その顔は泣きすぎたのか、目元も鼻も真っ赤に染まっている。
「こっちにきてよ」
俺はベッドに横たわりながら、まるで何事もなかったかのように彼女を呼び寄せる。―――それでいいんだ。これは、彼女が気にする事じゃない。
「喉が渇いたし、風邪引いた時みたいに林檎兎つくってよ」
くしゃりと、今にも泣き出しそうな顔をしているけれど、今日は引いてあげない。此処で引いてしまったら、きっと儚は二度と俺の前に、現れなくなってしまうのだろう。……そんな事を許しはしない。
「いっぱい心配かけてごめんね? 不安にもさせちゃって、ごめん」
―――でも、儚を手放すことだけは出来そうにないよ。今までの意地もプライドも、彼女の為なら捨てることなど容易いけれど、彼女から引き離されたら、とても正気でいられる自信がない。
「ほら、儚。早く此方においで」
そうしないと、こちらから捕まえに行くよ?
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俺が眼を覚ました途端、目の前に見えたのは……どこかデジャブを感じる白い壁だった。どうして、俺はこんな所にいるのだろう?
そんな事をボケっと考えてはいると、ドアを開けて看護師が入ってきた。
俺が目覚めているのを見るや否や、慌ただしく医者や看護師が入れ替わり立ち替わり部屋にやってきた。
しかも、落ち着いたと思った直後に警察のお出ましだ。全く、こちらは怪我人なのだから勘弁してほしい。
警察や医者の話で、俺はいろいろと理解させられた。これまで儚が挙動不審気味だったことや、俺に対するおびえた様子も、この事で納得できる。
儚にでまかせを教えるばかりか、彼女を害しようとした晋川という女に怒りがこみ上げる。その女が言うには、嫌がらせは長きに渡っており、嫌がらせの電話や手紙は日常茶飯事に行っていたらしい。
……そんなことにも、何故今まで気付かなかったのかと、自身に対して怒りがこみ上げる。いくら仕事が忙しいと言っても、一緒に暮らしていたのだ。
彼女の様子がおかしいのは、精神が不安定だと初めから思い込んでいたことは否めない。儚の様子がおかしいと分かっていたのに、忙しかった俺は…知らず知らずのうちに見て見ぬふりをしていたのだ。
―――どうして気付いてあげられなかった?
どうして分かってあげられなかった…。儚が倒れた時に何度、自問自答したか知れない言葉が頭をめぐる。
だが彼女の言葉を信じれば、儚自ら、その悪質な嫌がらせを俺に悟られないようにしていたらしい。どうして…。そんな言葉が浮かびはしたが、流石にそれは聞かずとも分かる。
忙しくてまともに休みすら取れなかった俺に、彼女は気を使っていたのだろう。
そう考えれば俺が以前、休みの日に仕事に行くと言ったときの異常な様子に納得がいく。儚は一人になることを恐れていただけではなく、今度は…どんな嫌がらせを受けるのかと恐怖していたのだろう。
あの日、無理にでも彼女についていてあげればよかった…。後悔が胸に押し寄せてくるが、それをいま言ってもしょうがない。まずは、そんな優しい彼女を引きとめなければ。
少し臆病な所がある彼女は、きっと自分のせいで俺が怪我したのだと病院のどこかで一人泣いているだろう。…そんな筈がないのに。たとえ俺が死んだとしても、彼女を助けられたら満足なのに。
どんな人間よりも、俺は彼女を選ぶ自信がある。それは俺にとって当たり前のことなのだ。何を犠牲にしたとしても、儚と共に居たい。
俺と一緒にいることで、儚が晋川に苦しめられたと知った今でも、彼女を解放してあげようだなんて思えなかった。
どれだけ苦しんでいる姿を見ようと、泣かせてしまったとしても、儚が居ない日常が想像できなかった。
……彼女の幸せを願っているのに、俺以外の人間の傍で笑っている姿など見たくもない。彼女の笑顔を見たいのに、俺以外の人間が向けられていたらその相手を殺してしまいたい。
それが相反する思いだなんて、俺は考えない。儚を、いっそ閉じ込めてしまいたいくらい好きなんだ。
俺は何時か貧血で倒れた時のように、看護師に頼んで儚を病室まで呼んでもらう事にした。
自業自得の言葉で片付けるには悲しいほど、晋川先輩は報われてませんね…。でも勝手な理想論を言えば、好きな相手の幸せを例え苦しくても願えなくなったら終わりなきがします。
暁(かつき)は本文中ではあのように言ってますが、いざとなったら引ける人間です。唯、そのいざがこないように全力で妨害しそうですが(笑)。
此処までお付き合いいただき、ありがとうございました。




