24.終焉へ向けて
「儚、はかな傍にいてよ」
止まっていた私の心が、動き出したのを感じた。
「儚がいなくちゃ、……俺駄目だよ」
かつきの声が体中を侵食していく。
「ねぇ、儚。此処にいて?
俺を置いてどこにもいかないで…」
今まで私ばかりが依存して、必要としていると考えていたけれど…。
私も彼に求められていると自惚れてもいいのだろうか?ベッドに寝転がりながら、弱弱しく手を伸ばしてきた彼に抵抗することはできなかった。
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予定より、一週間も早く退院することが出来た。出血量に比べ、傷自体は大した事がなかったのが幸いだったようだ。
その為、俺は嬉々として儚と一緒に病院を後にした。未だに人の多い所を嫌う儚は、病室に来ても他の患者を気にして居心地が悪そうだったし、俺自身病院の匂いも雰囲気も苦手なのだ。たとえ検査のためとはいえ来るのが嫌なのに、こんな風にまともに動くことも出来ない状況で数週間泊まらなければいけないのは、他の人には失礼だがきつい。
儚に聞かなければいけない事もあるし、少しでも早く落ち着けるあの家に帰りたかった。
予想していた通り彼女と家に入った途端、どこかほっとした表情をした姿を見て、嬉しくてしょうがなかった。自分の好きな場所を好いてもらえて、まるで俺自身も受け入れられたように思える。病院で、儚は今まで晋川からされていた嫌がらせの内容をぽつぽつと話してくれた。しかし、以前に階段から落とされそうになったというのは初めて聞いたので、思わず…警察にいる晋川を思いっきり殴りに行きたくなる。
入院しているときに大学時代からの友人が来てくれた事で思い出したのだが、俺はあの女と一夜だけ関係を持っていた。確かにどこかで見た顔だとは思っていたが、濃くなった化粧や振りみだした髪、なにより鬼気迫る表情などでまさかあの時の女だとは思えなかった。
第一、たった一度の関係から何年たっていると思うのだ。
確かな記憶ではないが、少なくとも六年以上は経過しているはずだ。それでも、俺を大学時代からずっと好きだったから嫉妬したのだと言われても、理解できない。どうしてそれが儚に対する嫌がらせにつながるんだ?
怪我はなかったと言っても、危うく階段から突き落とされそうになったことがあるなど、今回の事がなくても警察沙汰だ。今まで聞いた嫌がらせや陰口だけでも驚きだったが、今回俺が刺されたことから考えて、裏ではもっと犯罪ギリギリのことをされていても可笑しくないように思えた。
―――儚が無事でよかった。
刺されたとき以降、初めてほっとしたかもしれない。最初はただ、彼女に悪意だけではなく刃物すら向けられたということに憤りを感じていた。だが、これはまだ運が良かったのかもしれない。刃物でいきなり襲いかかる様な人間だ。俺のいない所でもっと恐ろしい計画をしていたのではないかと、震えが止まらなかった。
そこで初めて、俺は自身の行いの悪さを反省することとなった。今回の晋川という女の行動はいき過ぎているが、儚と出逢う前まで俺は真面目に女性と付き合ってこなかった。正直にいえば、一夜だけの関係の人間など数えられもしない。
大してモテるわけではないが、人当たりを良くして女性に優しければ、それなりに相手に不自由はしないのだ。
母はヒステリー気味だが、俺はおばあちゃんっ子だったため、女性の扱いは自然と身についていた。
ヒステリー気味で自分の主張しか押し付けない女など、いい母だなんて思えない。祖父を先に亡くした祖母の様子を見ていれば、結婚したいとも思えなかった。
だから、どんなに好きだと感じていても、儚との結婚を意識することはあっても…実行しようとは考えられなかった。
―――けれど今回の事で思い知った。俺は彼女とずっと共に生きていきたい。
もしかしたら、また戸惑わせて悩ませてしまうかもしれないが…。彼女を困らせてでも、儚の未来が欲しいと思った。格好よく、俺が幸せにしてやるだなんて言えやしないけれど、儚が居れば大変な時でも笑える気がする。儚と居られるなら、親父のように浮気などしない。
俺自身、いい親など見た事もないから戸惑うばかりだろうが、彼女となら子どもを育てるという大変さですら、味わってみたいと思える。まぁ、まだ子供と儚を分け合う気などないから、何年か先の事になるだろうが――。
もちろん結婚することで全てが解決するとは思っていない。
それでも…少しでも彼女の事を大切に想っているのだと、儚は独りではないのだと実感して欲しかった。
まずはどう彼女を口説き落とそうかと、楽しい悩みに頭を抱えた。




