21.磯のあわび~晋川先輩side~
都々逸「磯のあわびを九つ集め ほんに苦界(九貝)の片思い」(詠み人しらず)
彼と連絡が取れなくなってから、数年はがむしゃらに働いた。
どんどん後輩がやって来て、お局様と呼ばれるほどの存在になったが、いまだに私は彼を好きなままだった。様々なタイプの人と付き合ってはみたが、誰一人として彼の面影を消してくれる人はいない。
あまりに強烈な光に焼かれたため、まるで盲目になったかのように……ひたすら、彼を求めていたのだ。
『無謀なことをしている。諦めた方がいい』何度言い聞かせても、私の心の中から最上くんという太陽が消えてはくれなかった。
でも…それでも、ただ彼の近くで働けるだけでいい。その一心で仕事に力を入れた。今まではきついと言われ後輩に慕われる事はなかったが、最近高卒ではいってきた蓬郷 儚さんという女の子にどうやら好かれているようだった。
コミュニケーションをとるのが下手なようだが、それは私も経験したことなので、自分の事のように応援してしまい、フォロー役も率先してかって出た。
彼女は大卒生たちより、はるかに真面目で素直な子だ。元々の性格もあるのだろう。ミスが多かったり仕事が遅かったりするが、つい助けてしまいたくなる印象の子なのだ。それもこれも、彼女が必死に頑張っているからであるが、多少の事なら許せてしまうかわいらしさが羨ましくもあった。
―――蓬郷さんのように守ってあげたくなるタイプだったら、最上くんも私のことを見てくれたのかしら…?
自分の性格を気に入っているし。普段だったら考えないことが、蓬郷さんと話している時には浮かんだ。きっと、周囲は私を遠巻きに見ているだけなのに、彼女だけは心の底から私を好いてくれているのが分かるからだろう。この前など「晋川せんぱいは私の目標です」とまで言って貰えたのだから、可愛く感じないわけがなかった。
だから、彼女が苦手な部分は極力補佐するようにして。
変な噂を立てられたとなったら、根も葉もない事を広めないように注意した。私も、噂には悩まされた事があるから、彼女の辛さは分かるつもりだ。
それなのに…。
それなのに、最上くんが彼女と付き合い始めたと聞かされたときは、やっと瘡蓋になった傷口を、思いっきりひっかきまわされた気分だった。
本当は、前々から彼たちの事は噂になっていた。
この会社でも最上くんは人気があるのだから、公園で一緒にお弁当を食べていた等とやっかまれてもしょうがないだろう。それとなく蓬郷さんには「気を付けた方がいいと」注意していたのだけれど…、とうとう一番聞きたくなかったことを聞いてしまった。
―――どうして私はダメで、私の近くにいるこの娘ならいいの?私のなにが、彼女より劣っているというの。
数ヶ月前から、彼女に対する女性社員の対応がひどくなっているのは知っていた。
それを助けるのは何時も私だけで、もし私が彼女を見離したら、この会社で遣って行けなくなるかもしれない事も分かっていた。それなのに、私は彼女の世話をするのをやめただけでは飽き足らず、ミスをいちいち人前で論い攻め立てた。上司たちや男性社員が彼女をかばえば、彼らすらも邪険に扱った。私は事あるごとに細かい作業なども頼まれ、頼りにされていたので、そうすることで彼らが彼女を見離さざるおえない事は分かっていたのだ。
その時の私は、天涯孤独の身の彼女がこの会社で働けなくなれば、最上くんに頼るかもしれない事など、微塵も思いつかなかった。
―――きっとだいぶここの時点でおかしかったのだろう。
気がついたら私は、彼女の携帯に毎日10件を超える無言電話をしていた。
最初は、ただ早く彼の家から出て行くように促すつもりだったのだ。
それなのに彼女は着信拒否をしたり、携帯電話を変えるばかりで、一向に彼と別れようとしなかった。最上くんにバレないように嫌がらせをするのは大変だったが、生意気なことに彼女は私とわたり合おうと必死になっていた。
あんな鈍くさい娘が敵う訳がないのに、全くおかしいったらなかった。
幸い、私は一人暮らしの出世株で、人を雇うお金には困らなかった。何度か、彼女一人の時を狙い、買い物帰りの彼女を襲わせた事もあるが。憎らしいことに大したダメージを与えることは出来なかったようだ。
かすり傷程度を負わせただけで、頼んだ人間は怯えて「もう協力はやめると」言いだした。―――まったく、使えない奴らばかりだ。
男に強姦させることも考えたのだが、他の男の手垢のついた彼女がもしも最上くんに触れたら、彼まで穢れてしまう。そのことが気がかりだったのと、犯人が私だとバレてしまうのではないかという恐れから、思い切った行動は出来ないでいた。
―――でも、私はとうとう切れてしまった。
あんなに忠告してあげたのにも関わらず、あの女が最上くんの隣に当たり前のように居座っているのが許せなかった。しかも仲良さげにスーパーから出てきた姿は、まるで新婚夫婦のようにみえて怒りで目の前が真っ赤に染まった。
だから私は、持っていた包丁をあの女に振りかざしたのだ。
だいぶ前から考えていた話が出せて、私は満足です!
私の中での暁(かつき)は、儚以外に対してはひどい奴です。
晋川先輩の発言は、思い込みと嫉妬と『ほんの少しの思い出』で出来ております。暁は儚に対してだけ、随分甘く優しく猫かぶっています。
私は、基本的に絶対的正義も悪もあまり信じていませんが、今回は彼女に悪役をやってもらいました。この話には、病んでる人間が多くてダメですね。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。




