14.愛しき思い出の場所
すみません、前回と比べると今回は異様に長いです。
人ごみのなかで、何をやっているんだと冷静な頭はいうが、気持ちを抑えることが出来なかった。……しかし、本格的に夜が深くなってきた。
こんなにふらふらの状態の儚を、いつまでも冷たい風にさらしておくわけにはいかない。儚の手を強く握りしめたまま、タクシーを拾って乗り込んだ。
此処からなら、家まで少しかかるだろう。
「儚、ちょっとでもいいから寝てな」
どこかぎこちない様子の儚の頭を、俺の肩にもたれさせる。
甘えるのが下手な儚は、こんな行動も戸惑うようで最初はどこか力が入っていた。けれど、さすがに疲れたのだろう。しばらくすると寝息が聞こえてきた。
肩にかかる体重が心地よい。まるで俺を信用しているのだと、言葉なく伝えてくれているようだ。
―――だが、それで満足している場合ではない。家に帰ってから、儚としっかり話し合うのだ。そして、出来れば…もっと頼ってもらえるようにならなければ、彼女とこの先ずっと共にいる事は難しいだろう。
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「風邪をひいたら大変だから、まずは風呂に入っておいで」
俺のことを考え風呂に入るのを渋っていた儚を、無理に風呂へ入れた。
優しいのは分かるが、自分より冷えている彼女を、そのままに出来る訳がない。
自分を優先させることに戸惑うのはしょうがないが、これから慣れてもらう他ないだろう。
汗ばんだ服をそのままに、俺は煙草をふかし始めた。
別段意識した訳ではないのに、普段通り換気扇の下にいた。儚は喉が弱く、煙草の煙が苦手だ。その為、特に注意された訳ではないのだが、彼女が家にいる時はこの場所か俺の書斎で吸うと決めていた。今では、台所に俺専用と化した椅子が一脚、置かれている。
祖父母から貰いうけたと言っても、新しい物好きな祖母はこの家の至る所に洋風の物を取り入れていた。その一つとして、台所の床はフローリングにしており、足の長い椅子を置いていても違和感がなかった。
一見、統一性がないと思えるこの家が、俺は気に入っていた。おばあちゃんッ子だった俺は、事あるごとにこの家に来ていた。寡黙な祖父に比べ、明るく話し好きな祖母はとても喜び、甘やかしてくれた。
思春期に突入しても、この家では突っかからずに接することが出来た。
しかし、そんな穏やかで優しい雰囲気は、祖父が亡くなったことにより変わってしまった。元々、祖父自身も煙草を吸っていたため、かなり体が悪くなっていたようで、風邪をひいたことをきっかけに呆気なく逝ってしまった。亡くなったと連絡を受けてすぐこの家に向かうと、祖母は祖父の頭を愛おしげになでていた。「全く、最期までいうこと聞かないんだからと」どこか淋しそうに愚痴っていた祖母の姿が、今でも記憶に残っている。
その翌年、祖母は夫の後を追うように、静か亡くなった。
悲しくも愛おしい思い出の詰まった、この家を譲り受けられると知った時は、本当に嬉しかった。「私の次に、この家と思い出を大切にしてくれるのは、暁くんだからと」祖母が言い遺してくれたのだ。
この家が俺のものになってから、今まで親類以外を入れたことはない。
どんなに親しい友人でも、この家に招き入れることは出来なかったのだ。祖父母との思い出が沢山詰まったこの場所で、新たな思い出を積み重ねる勇気がなかった。まるで、そうすると二人の事も思い出も消えてしまうのではないかと、怯えていたのだ。
そんな中で、儚に出会った。彼女なら共にこの家を愛し、穏やかな思い出を一緒につくっていけると感じたのだ。
けれど、この家に儚を初めて招いた時は、柄にもなく緊張していた。
この優しい思い出の沢山つまった家は、儚の傷ついた心を癒やすのに最適だと勝手に突っ走ってしまったが、儚の意志をギリギリまで確かめていなかった。
予想通り、同棲しようと言った時に儚は「そこまで甘えられないと」拒否し、同棲生活が始まっても遠慮がちだったが、1ヶ月もたったころには馴染んでくれているのがわかり心の底から嬉しかった。
―――この先、もし儚を失うようなことになったら、俺もあの時の祖母のようになるのだろうか…。
そんな事を考えていると、汗で冷やされた体が異常につめたく感じた。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




