12.きけばきくほど涙出る
都々逸「おろすわさびと恋路の意見、きけばきくほど涙出る」(詠み人知らず)より
点滴が、音もなく落ちている。
かつきが倒れたのは、過労と軽い栄養不足だったらしい。夏も近づき、食欲が落ちていたときに、ろくに食事もとらず働き通しだったそうだ。なんてはた迷惑な人なのだと憤るより、最近合わないことにホッとしていた自分にいら立った。
―――そうだ。彼は、私が出会う前からあの公園で食事をしていたらしいのだから、まともな食事をしていないのではないかと察してもいいはずなのに。
私は、唯々彼と会わないことで、余分なうわさが出ない事にホッとしていたのだ。彼と話すことで救われていたはずなのに、なんて身勝手な人間だ。
申しわけなくて顔向けできないと考えていたのに、かつきは目が覚めた途端に私がいると知って、自分が寝てるベッドまで私を呼びつけた。
たしかに、帰る事も出来ずにうろうろしていたが、少しやつれた顔で「こんな遅くまで出歩いていて大丈夫かと」気遣わないでもいいじゃないか。人前で泣いたことなんて、ほとんどなかったのに病人に慰められるほど、頼りなく見えているのかと思うと情けなくて。
それとともに普段通りの彼が嬉しくて、私はまた号泣してしまった。
点滴が終わって、しばらく安静にしたら帰ってもいいと言われたので、タクシーを呼んで彼を家まで送って行った。本当は身の回りの世話をしたいくらいだったのだけれど、「もう遅いからと」言って帰されてしまった。とりあえず、部屋に入るのを見届けてから待たせていたタクシーに乗り込む。
幸い、明日は土曜日だ。彼もゆっくり休めることだろう。…だが、栄養不足で倒れた野菜嫌いの人間が、まともな食事を一人でも取れるのだろうか?しかも、自炊はほとんどしないという事だから、食材もないだろう。良くて店屋物か…。
―――駄目だ。一度好きだと自覚したら、お節介だと分かっていても、何かしてあげたくてしょうがない。
彼女はいないと自分で言っていたし、明日に様子見がてらにお弁当と差し入れを持っていってもいいだろうか?散々、人のおかずを横取りしていたのだから、今更手作りは気持ち悪いなどと言われないと思う。だが、彼女とはち合わせたら気まずいし、迷惑がられたら、立ち直れない気がする。
彼氏なんて高校の頃にほんの数カ月いただけで、10歳近く年上の男性に対する行動なんてわからない。大人の付き合いなんて、した事もないのだ。
迷惑ではないかと、部屋に案内される寸前まで考えながら、私は翌日かつきの家を訪れた。
✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾
その日に、勇気を出して告白してからは、しばらく夢のような日々だった。
いき過ぎと言えるお節介も、私の告白も彼は受け入れてくれたのだ。
かつきは、それからさらに優しくなったし、やはり女の子の扱いにも慣れていた。多少、嫉妬心が湧きはしたけれど、これが普通なのだろう。
私にしたら、初めての恋と言っていい彼との関係。
今までの一線置いていた関係から、少し近づいて…。両親が亡くなってから、初めて頼れる人を得たことに安堵していた。年近い友達とは違う目線。苦手だったパソコンも、かつきに教わることでだいぶ使いこなせるようになり、任せられる仕事も増えだした。全てがうまくいっていると考えていた。
彼女に、あんな言葉を言われるまでは。
とりあえず、儚の回想はここで終わります。
次は暁(かつき)目線で話を進められると思いますので、
もう少々お付き合いください。




