国から国へ、海から空へ
この世界の馬車の旅は存外快適だった。魔道具が揺れを吸収するので乗り心地が良く、これも魔道具で心地よく調整された吹き抜ける風を浴びながら、早朝ののどかな風景を楽しんだ。
国境沿いの駅。検問も何もないのは殺し回り中に確認済み。看板娘ちゃん曰く両国は「友好国」なんだそうな。
愛らしい見送りの笑顔と最後に食べた御馳走がまだ残ってるから、駅のちゃちな店に寄る気分でもない。さっさと馬車を選んで町に行くか。
「はぁ、はぁ……。待って、待ちなよ、ダンナ!」
「……あらまあ。何しに来た。カネは置いといたよ。もう最低限の路銀しか持ってない」
「違う!あんたに御礼を言いに来たんだ!あんたは何の意味もないって思ってるんだろ?そうかもしれない、でも、少なくとも私達は救われた。一度自分達で捨てちまった生きる意味を、あんたが与えてくれたんだ。ありがとうございます。……これ位、言わせてくれよ」
「……その為だけに早馬で?無理すんなよおばさん」
「御心配おかけして申し訳ないね!用は済んだ、邪魔したね。それじゃ」
言い捨てて離れ、帰りの早馬に向かい、思い直して普通の馬車の群れに方向転換した山賊おばさん。賢明な判断だ。
「長生きしろよ」
聞こえないように呟いて、俺も馬車に乗ろうとし、ふと早馬の乗り心地が気になった。
……物凄く後悔した。
国境の検問はないが町の入り口は検問があるんだなあ。この町にダンジョンはないのに。「友好国」ね。いや、当然の措置といえばそうなんだけど。
さて国を跨いでも冒険者カード(もはや正式名称)は身分証明になるのか?見せつけるとなんだか微妙な気配を感じたが、通しては貰えた。
「御存知と思いますが、ダンジョンに入られる際は、この国の冒険者ギルドにて改めてご登録お願い致します」
「あ、はい」
御存知じゃなかったけど予想の範囲ではある。
一通り町を見て回る。ダンジョンが無くても前の国より栄えている。学校らしき建物も見かけた。お勉強パート2……勘弁してくれ。
観光を楽しむ気持ちにはまだなれない。というか今後何をしたいのか良く分からなくなっている。転生していきなり大量殺人鬼というか人間兵器というか、そんな感じになって、流石の俺でも疲れたのかしら。
さっさと宿を取り食事をする。悪くはないが普通。貧しい国の方が食事が美味しかった。いや、宿一つで判断するのは早いか。
部屋に入り鍵をかけて……。移動チートは使いたくないって言ってるのに。2キロほど先の屋根の上に瞬間移動。
「目的と雇い主。10秒以内」
「っ!?……監視です。国王、の側近に頼まれました」
「なるほどお疲れ。風邪ひかないようにね」
「え」
これも予想の範囲内だったのでベッドに潜り込んで寝る。死ぬのは怖いが、就寝時には防御系のチートは特に付けてない。無意識化で発動してるかもしれないし、してないかもしれない。死ぬのは怖いけど眠るのは怖くないというか、むしろ積極的に眠りたいんだよな。特に今は。
もう二度と起きなくてもいい。
起きたけど。朝飯も普通だったがデザートに謎の飲み物を出されて、それは美味しかった。少しマシな気分になったので元気があるうちに書店に行き、地図や観光案内を確かめる。この国も豊かって程じゃないけど前の国よりはずっと発展してる感じ。但し前の国……「友好国」以外の周辺国とは仲が悪くて、軍備が重視されててダンジョンの周囲は軍事拠点になっている。でも魔物狩りと魔石も重要だから冒険者の為に町としても解放されてはいる……らしい。で、この国最大のダンジョンは……ふむ、海に面してるのかー。この世界の海はどんな感じなんだろう。
よっしゃ海行くか。無理やりバイブスを上げて馬車で海に向かう。海が見える。まだ遠い。まあ海だねってくらいの感想しかない……いや、おかしい。島?が離れていく。だけじゃない。沿岸に近付いてくる島?もある。まずでかすぎる。かつ遠いから動きがゆっくりに見えるが多分、絶対、異常な速さだ。何なんだこれは。
行く島は3つ。近付いてくる島は4つ。……この世界の自然現象?
それも否定できない。もう一つの予想としてはあれがこの世界の船、とか……流石に無いか?いや、前世の常識で考えるべきじゃない。
この世界の根幹はマナ。だとして、例えば下手に木を切って加工して船を作ると何やかんや、人工的すぎるとかいう理由で?マナの効率が悪くなるとか。だから島をそのまま動かす方がいい、なんて事もあり得るのではないか。……いや、やっぱりないか?自然現象と考えた方が……。
馬車から完全に頭を出して海の風景をじっと眺めるが、距離が近づくにつれて島のでかさ故に逆に何が起こってるのか良く分からなくなってくる。
でも、いいね。異世界っぽさを感じて気は晴れた。港に着く。駆け寄るが、ここまで来ると完全に陸地の一部に見えてしまい、ここが港だという方を疑いたくなるほどだ。
そんな海なんだか陸なんだか、海に浮かぶ島船?だかを眺めていて、ふと空を見上げる。海と言えば空。この世界の空を特別意識した事はなかったな。飛行機的な物は飛んでないし、太陽っぽい光は前世と変わらないし、夜は……どうだっけ?暗かったのは確かだ。
図書館でおべんきょした時、宇宙とかそういう類のアレは見当たらなかった。代わりに魔界、そして「天界」……。天界か。
気合を入れて本気で我が身を隠蔽しながら、俺は移動スキルで上空に移動する。それを繰り返す。
最初の数回はなんてことなかった。いつものように、移動スキル苦手だ―って心で愚痴る余裕があった。
が、更に回数を重ねると段々、何と言うべきか、硬い壁じゃないんだけど、何とも言えない圧力というか、これ以上登ってくるな、みたいな感じが強くなってきた。逆らって移動スキル。移動、移動、移動。景色が妙だ。変わりないような、偽装されているような。それに最大距離で移動しているつもりなのに、一回ごとの距離が縮んでいる感覚がある。隠蔽スキルまで使う余裕は消えていた。移動だけで精一杯。移動、移動、移動……。何十何百と移動し続ける。一回の距離が分からないからどれ位進んだのか進んでないのかも分からない。それでもひたすら上へ上へ上へ……。
と、圧力がふいに消えた。景色がまるで変った。明るいけど色が違う。全体的に、ピンク色……?
そして更に数十回移動すると上空に「天井」が見え始める。やばい。眼前全てが覆われている。これが天界の「大地」だとして俺の移動スキルで超えられるのか?無理じゃない?大地の厚さが3キロって事はないだろうし。どうしよ。
と思ってたら「引っ張り上げられる」感覚。
「あらあら。まさかの人間。魔族でもお初なのに。人の身でここまで来ちゃうなんて、あなたとってもとっても業突く張りさんなのねぇ。ふふ、かわいっ」
貶されてるのか褒められてるのか、どっちでもなんか嬉しいという感じの甘ったるい美声を注がれながら俺は気を失う。
気を失いつつも分かっていた。俺は、天界に着いた。




