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「仕事」について①

 次の日もやはり夕方から、私は塾講師のバイトに勤しんでいた。

 私の勤務地は、大手の塾の分校でも何でもなく、個人経営のこじんまりとした学習塾であった。

 とは言えその事実から、田舎のほのぼのとした「寺子屋」めいた場所を想像していただいては困る。

 むしろその逆である。

 幸か不幸か、そこはなかなかどうして非常にパンチの効いた職場だったのだ。

 まず問題だったのはくだんの塾には「雑用係」と「講師」の区別がなかったことである。

 もともとHPで募集されていたのは「講師」だったはずで、私もそれを見て履歴書を送ったのだが、しかし蓋を開けてみれば、勤務初日から、掃除、書類の整理、指導日誌の記載、塾生のお出迎えなどといった「雑用」の数々にむりくり従事させられることになった。

 他の「講師」の面々がこの事態をどうとらえているのかはさっぱりわからなかったが、少なくとも私自身に対し、その「転倒」(「講師」⇄「雑用係」)は極めて大きなストレスをもたらすものとなった。

 足りない頭を使って想像してみたまえ。

 授業が終わったのにグズグズ教室に残り、ベラベラとわけのわからないことをくっちゃべっていたクソガキどもを苦心して追い出した後、息つく間もなく、今度は誰もいなくなった教室に掃除機をかけて回らなければならないのだ。モーターの駆動音を聞いているだけで発狂しそうになったのは一度や二度のことではない。

 また、その塾では、生徒が自分で個人的に学習に取り組み、質問があれば「講師」がそれに答えるという、私からすればわけのわからない「授業形態」が、さも当然であるかのようにまかり通っていた。

 要するに、クソガキどもはわざわざ塾に「自習」をしにやってくるのであり、そこにもまた別種の「転倒」の気配が間違いなく色濃く滲み出ている。

 さらにそういう「授業形態」ゆえ、勉強科目が指定されているはずもなく、いったん手が上がれば、分数の計算から微分積分、生物の遺伝、さらにはカントとヘーゲルとの違いまで、幅広い分野の「問い」に即座に対応して適切な答えを返さなければならない。

 確かに私は以前、教員として高校に勤務しており、経験は豊富なのであるが、残念ながら免許は英語しか持っていない。「史的唯物論」と「唯物史観」の違いについて尋ねられたところで、うまく答えられるはずもない。 

 だがもちろん、そういう個人的な事情が斟酌されることなどあり得ない。 

 いずれにせよ、様々な「常識」や「境界」の類いを、まるで初めから存在しなかったかのように完全に黙殺し、全てを混然一体とした原初の状態へ戻そうとするダイナミックな傾向性こそが、私の勤務する塾の大きな特徴だった。

 見方によれば、所謂「ポストモダン」的な風潮が典型的に現れているのだと言えなくもないが、そのある種の「規格外」の感に照応するように、実際に働いているメンツにもまた、普通の奴がいなかった。

 私を除いた五人の「講師(兼雑用係)」のプロフィールを、私なりに簡単にまとめてみると以下のようになる。


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