2度目の邂逅①
いつもの通り、壁の掛け時計の針が正午を指したところで、俺はシャーペンを置き、いったん伸びをすると片づけを開始した。
と言ってもただ机の上に出してある物を鞄に入れるというだけなのだが、その仕草は、存外重要な意味合いを帯びている。
なぜならそれをしなければ、タナカは延々「補習」を続けてこようとしやがるからだ。
そのせいで午後1時ぐらいまでぶっ通しで机に向かわされていたのは1度や2度のことではない。
例によってこの日も学園祭準備があり、午後からはそちらに参加しなければならない。
つまり12時きっかりに「補習」を終えたとしても、猶予は1時間しか残されていないわけである。
とは言え、それは本来であれば「昼食休憩」の目的のために用意された時間ではあったが、「禁欲」中の俺には、「昼食」も「休憩」も必要ない。
そもそもずっと座って手と頭だけ動かして行う「勉強」など、休憩しているのと同じようなものだ。
だからと言ってその時間を無駄に削られていいなどということはもちろんない。
俺はひとまず一刻も早く学校から出ようと考えていた。
夏休みに入ってから、徒歩5分ほどのところにある児童公園で筋トレに励むことを、俺は自らに日課として自らに強いていた。
長期休暇と言えど、学校にほぼ1日中滞在することから免れられないのであれば、というところから逆算して編み出した対症療法ではあったが、呼吸するたびに気管支が痛みを訴えてきそうなほど強烈な炎天下の中、黙々と肉体改造に励むのは、なかなかどうして乙なものであった。
つまりその「(肉体の)トレーニング」は「(精神の)鍛錬」も兼ねているわけである。
自らの意図とはかけ離れた仕方で、つまり完全に外的な要因により極限まで制限されてしまった「夏休み」の時間の使い方として、その両面価値的な「トレーニング=鍛錬」は、この上なく申し分ないものだと言えるだろう。
そういう事情で一刻も早くその場を立ち去りたいと考え、一礼して足早に駆け出そうとした俺に対し、よりによってタナカが声をかけてきた。
「今日までお疲れ様」
苦手なことから逃げず、真正面からそれに取り組んだ生徒に労いの意を表すること。
言動の端々に虚飾の気配を纏わりつかせることが習い性となっている感すらあるタナカからしてみれば、その類の声かけは教員として、当然の振る舞いだったのかもしれない。
だが対する俺の望みは1つだけで、とにかく黙っていてほしかった。
いったん立ち止まりはしたものの、明らかに出ていきたそうにしている俺の気持ちをきちんと汲み取り、黙って見送ってほしかった。
しかし実際にはタナカは、こちらの意を全く察することなく、自分の言いたいことだけをひたすら発し続けた。
「……あ、どうも」
「それで、どうかしら、合格できそう?」
「は? ……あ、いやあ、完璧って言いたいとこっすけど、わかんないっすねえ、ハハハ」
こちらが荷物を背負い直し、改めて歩き出そうとしても、タナカには会話を終わらせようという気が全くないらしかった。
「質問、大丈夫かしら」
「あ、いやいいです、大丈夫です、ありがとうございました、それじゃあ、さよ」
「……ねえ、あたしって、どうしたらいいと思う?」
いや、お前が質問するのかよ!と俺は思ったが、事態が紛糾するのを恐れ、そのまま流した。




