夏の翌日①
次の日は所謂「採点日」で、学校が休みだった。
夏休みではないが、登校しなくてもいい分、満足のいくまで心身を鍛えることができるだろうと期待していたのだが、実際にはお気に入りのラブコメアニメを1話から12話まで延々周回しているうちにいつの間にか時刻が午後11時を回っていた。つまり結局、いつも通りのメニューをこなすしかなく、特別な日にはならなかった。
その次の日とさらに次の日にはテストの返却が行われた。
2日間かけて、10枚以上の答案が怒涛のように返ってくる。
その勢いの良さは、季節柄まさしく「流しそうめん」を彷彿させると言えなくもない。
しかも生徒のクソガキどもの様子が、その「流しそうめん」感をさらに増長させてくれる。
既に結果は出ているのに、まるで受け取った瞬間に点数が確定するかのように、今か今かと答案が返される時を待って興奮に身を打ち震わせているのだ。
まさしく流れて来る麺を箸ですくおうと待ち構えている幼稚園児そっくりである。
流そうが流すまいが、素麵の味など変わりはせず、むしろ冷静に考えれば、皿に盛りつけて普通に食した方がよほど衛生的であるにも拘らず、我先に水路に箸を突き立て、自らの愚かさを証明しているのも同然な馬鹿ども……。あまりに可哀そうで、もはや笑いさえ漏れない。
しかしそのように馬鹿どもを遠巻きに観察しながら所謂「傍観者」然を装っていられるためには1つ条件があって、それは自らのテストの成績が芳しくなくないということである。
「芳しくなくない」という曖昧な物言いを弄したのは、思わせぶりな言葉を発すると気持ちよくなるという、よくいる類のバカどもと同様の気色悪い性癖の持ち主が俺だからではない。
別に特別良い点を取る必要はなく、「ほどほど」、つまり「芳しくなくない」点数でさえあれば全く問題ないと、俺が考えていたことを示したかっただけだ。
ここで言う「問題ない」とは、「支障なく、夏休みを迎えることができる」ということを意味する。
だがこう言ったからと言って、実際の俺の点数が「芳しくなくない」ものであったとは限らない。
そう、恥を忍んで単刀直入に申し上げれば、俺は物理と数学、さらに古典の3科目で「芳しくない」点数、すなわち赤点(中間期末の合計で60点未満)を取ってしまったのだった。
まあ勉強などほとんどせず、学校にいる以外の時間のほとんどを、アニメの視聴とトレーニングと鍛錬とに費やしていたのであるからして、致し方のない結果なのかもしれないが、俺はそれを「致し方のない」ものとして受け取ることができなかった。
なぜなら事情はどうあれその結果は、自らの心身を極限まで鍛え上げるという夏休みの完璧な「予定」を根本的に狂わせるものたり得たからだ。
追試は夏休み明けすぐに行われる。しかも範囲は「1学期に学習したところ全て」ということで、休み中に、わざわざ宿題以外に余計な勉強に取り組まなければならない。それがまず、死ぬほど嫌だった。
そもそも俺は宿題さえ、やる気がなかった。何しろ俺には「夢」があるのだ。できるだけ早く、可愛らしいオナゴとお近づきにならねばならんのだ。その「夢」を叶えるための努力の他に、いったい何をすべきだというのか?
しかしそれよりも何よりも俺をうんざりさせたのは、「追試3つ」という、ある種の輝かしい栄光を獲得したせいで、巡り巡って夏休みにまで、学校に来なければならなくなってしまったことである。




