2巡目⑥
心臓の鼓動に合わせるようにして鳴動を始めたコメカミの痛みを、歯を食いしばって耐えようとする俺をよそに、サイトウと女子生徒が何やら言葉を交わしているのが聞こえる。
「その人が……?」
「ああ、たぶん、力になってくれるはずだ……、なあエグチ、そうだよなぁ!」
妙に上機嫌な調子で、サイトウはそう言った。
まずまず美形の女生徒を前にして舞い上がっているのだろう、まあ童貞にはよくある反応だ……。
そう考えると、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
しかしもちろん、やはりおしゃべりを楽しむ気にはなれそうもない。
「……盛り上がってるところ悪いが、もう、俺、帰っていいか? さっきからお前たちが何を言ってるのか、さっぱりわからない」
俺は女生徒を視界に入れないよう、注意深く眼球の位置をズラしながら、サイトウだけを見据えてそれだけ言った。
「だあかあらあ、頼みたいことがあるんだよ、さっき言っただろ、もう忘れたのか?」
こちらが最大限譲歩して歩み寄ってやっているというのに、この期に及んで横柄で迂遠な物言いを崩そうとしないサイトウのスタンスに、さすがの俺も我慢の限界を迎えた。
「――なあ」
「え?」
「いや、よく喋れんなあ、って思ってさ」
「……どういうことだよ」
「いや、お前の鼻の穴さあ、すごい大きいじゃん、親指が根元まで入りそうだよ、無理やり突っ込めば、二本ぐらいいけるんじゃねえの」
「馬鹿にしてんのか?」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ、お前はいったい、何様のつもりだ?」
俺はそう言うと、半開きの扉の隙間に身体を右肩からねじ込むようにして廊下に出た。
テスト後ということで、学校内には何となく浮ついた雰囲気が漂っている気がした。
炎天下の下、学校近くの道を車で律儀に行ったり来たりしているらしいわらび餅屋の、スピーカーから流れているらしい宣伝文句までもが、やけに拡大されて耳に届く。
額から滲み出て目の中に入ってこようとした汗を拭うためにいったん立ち止まった俺は、いずれにせよ夏だ、と思い、すぐに再び歩き出した。
ところどころワックスの剥げた古びた赤茶色の床に、上靴を履いた俺の足音は響かず、ただただこびりつくことに終始する。
その直後のことだ。
「待ってください」
右肩の辺りに何かが触れたと思うのと、後ろ向きに強い力で引かれたように感じるのとがほぼ同時だった。




