復讐⑥
恐らく蚊帳の外に置かれていることに耐えられなかったのだろう、まったく事情のわかっていないはずのシライシが、この期に及んで口を挟みなどしてき始めた。
事態がさらに複雑になることを厭った僕は、それを手で制しながら看護師に応対した。
「あ、それです、洗濯物、取りに来たんです」
「替えは?」
看護師は身の程というのものを知らないのか、わけのわからない返答をしてこちらを困惑させにかかった。
「え?」
「替えの服がなくちゃ意味ないじゃないの、どうするのよ」
「……ドウスルノヨじゃねえよ、知らねえよそんなこと……、そうですよね、わかりました、母に近いうちに取りに来るよう言っときます」
僕はそろそろ潮時だと考え、それだけ言うと、再びシライシの手首を掴み、今度は部屋の外に出た。
看護師を肩で押しのけ、立ち止まらず、エレベーターホールまで進む。
ちょうどやって来ていた箱に乗り込み、下まで降りる。
つないでいた手を放しても、シライシはずっと無言だった。
僕はと言えば、先に立って歩きながら、ずっと「あほくさい」と考えていた。
状況自体に対してではない。
予想外に看護師に見咎められた結果、他にもっと考えるべきことがあるはずなのに、そこから目を逸らして「復讐」なんぞを目論む自分自身が、心底愚かに思われていたのだ。
下足箱で靴を履き替え、足早に外に出た。
病院内もそれなりに蒸し暑かったが、自動扉を開き、日向へと足を踏み出した瞬間、次元の異なる真夏の暑さに取り巻かれた僕はひどい眩暈に襲われ、その場に倒れ込みそうになった。
息を吸うだけで喉がヒリヒリする。
近くの植え込みの角に腰掛け、うなだれたまま視界の点滅が収まるのを瞼を閉じてじっと待っていた。
顎の先から垂れ落ちる汗の雫を映像として頭の中で思い浮かべながら、努めて静かに深く呼吸を繰り返す。
明らかに様子がおかしくなった僕を気遣おうともせず、無遠慮にシライシが話しかけてきた。
「あれ何よ、めちゃくちゃ警戒されてたじゃないの」
正面から見下ろすようにして、棘のある言葉をぶつけてくる。
僕は挑発には乗らず、緩慢に顔を上げると、一言答えた。
「……お前、まだいたのか」
「ほんと何なのよあんた、というか、『お孫さん』って言われたけど、父親じゃなかったっけ? どういうこと? いったい何が真実なのよ?」
いくら可愛らしい顔をしているからと言っても、頼むから今は喋らないで静かにしていてくれると助かる、と僕は思ったが、実際にはただ次のようにだけ漏らすと立ち上がり、その場を後にした。
「あ、ああ、なんか勘違いしてたみたいだったな、よほど俺が若く見えたのかもな、ハハハハハハハハハハ……」
その後シライシがどうしたのかは知らない。




