復讐④
そして実際、僕のこの推論の正しさを証明するかのように、シライシは「チチオヤ」というワードを耳にすると、目に見えて狼狽することを始めた。
「……あっ、そ、うなんだ、へえ、で、なんであたしを連れてきたのよ」
「できることならなんでもするって言ったよな」
「……え、まあ」
改めて言質をとった僕はここぞとばかりに畳みかけた。
「じゃあ触ってくれよ」
「え?」
「脳が萎縮する病気で、もう長くはないんだ、意識もないし……、でも誰かに話しかけられたり、触れられたりするのは感じているらしい、いつもとは違う刺激を与えれば、あわよくば、意識を取り戻すかも……、だから、触ってやってくれ、最後にあと一度ぐらい、話してみたいんだ……」
そう言うと僕はシライシに近寄り、その手首の辺りを掴んだ。
身内以外の女性に触れたのがいったいいつ以来なのか思い出せないと、実際に触れてみてから思った。
いや、もしかすると、物心ついてからの期間で考えれば、初めてぐらいかもしれない。
そのくらい、握った手首の柔らかい感触に、僕は覚えがなかった。
触れ合った瞬間は意外と冷たく感じたが、すぐにこちらの体温と混ざり合い、互いの皮膚の表面の境界が徐々に曖昧になっていく。
僕は一瞬だけ静止し、その後すぐに手を引いてベッドの方へと導いた。
「ほら、足を揉んでやってくれよ」
その至極真っ当なセリフに対し、やはりシライシは過剰な反応を見せて抵抗した。
「揉んでって言ったって……、あんたがまず、手本を見せなさいよ」
「おれが? なんで?」
「なんで、じゃないわよ、あんたの父親でしょ? あんたがやってあげなくて、どうするのよ」
「俺の話聞いてたか? 俺は普段からいつも、やっているんだが……」
しかし背に腹は代えられない。
この場合で言えば、シライシと患者を接触させてやることこそが最重要事項であり、その宿願を果たすためには、大抵のことはやってのけるつもりだった。……そう、それがいかに強く生理的な嫌悪を喚起するものであったとしても……。
躊躇いの気持ちを押し殺し、踏ん切りをつけて掛け布団の中に手を潜らせた。
厚手の布地によって作られた空間内の、嫌な感じの暖かい感触がすぐに上腕を刺激し、一瞬遅れて鳥肌が皮膚の表面を素早く走った。
反射的に手を引き抜きそうになったが、シライシの視線を意識して何とか踏みとどまった。
そして改めて、イカサマをしていないことを証明するため、掛布団を老人の足首から膝のあたりまでまくり上げると、左のふくらはぎに手を押し当てた。
もともとの体質なのかそれとも年老いたことによるのかは定かでないが、体毛がほとんど生えていなくて大人の男の脛部という感じはしなかった。
さらにいざ力を入れ、揉み始めてみると、幼い頃、中に小麦粉を入れた風船を握りしめた時に催されたのと同じ感覚に襲われ始めた。
患者の足はそのくらい、足であることを信じられなく思えるぐらい、むくんでブヨブヨになっていたということである。




