夏の魔物⑤
そのように事態が一応の収拾を見た後、僕は改めてシライシの方を見た。
それなりに危ない橋を渡ったのであるからして、丁重に感謝の意を評され、あわよくばそのまま交際する流れにまで発展していくぐらいのことがあってもよいのではと期待していたのだったが、残念ながらその読みは完全に外れていた。
何しろシライシはこの期に及んでまだそ知らぬふりを続けるつもりらしく、やはり僕に一瞥をくれることもなく、すぐさまレジの裏へと退いていってしまったのだから。
これはいったいどういうことなのか? 恥ずかしがっているだけなのか? それとも、余計なことをするなという、頑なな拒絶の意の表れなのだろうか……?
シライシの真意は全くつかめなかったが、そのままじっとしたままでいるわけにはいかないということだけはわかった。
店内の壁にかかった時計を見ると、家を出てからそろそろ一時間が経過しようとしており、その事実は、もう少し遅れると失踪届を出される恐れがあるということを端的に意味したからだ。
これは大げさな邪推でも何でもなく、実際の経験に基づいた明晰で正当な推論の所産である。
だから僕は仕方なくコンビニをあとにすると、息苦しさをもたらすほど色濃く暑気を敷き詰めた夏の闇の中へと再び足を踏み出したのだった。
「本来の目的」がアイスを購入することだったと思い出したのは、自宅に辿り着いてからのことである。
ところでコンビニで働いていたシライシをイカれたオヤジが叱責する場面から始まる一連の出来事は、しかしこれで終局を迎えたわけではなかった。
そのことがわかったのは翌日、終業式の前日にあたる7月19日だった。
終礼後、いきなり担任のヤグチから呼び出しを受けた。
怪訝に思ったが大人しくついていくと、最終的に応接室に案内されることとなった。
立ち話の形式ではなく、特別な部屋までもが用意されていたということで、僕は自分の中で嫌な予感がムクムクと鎌首をもたげ始めるのを感じた。
それは昔まだ幼かった頃、父親が職場の女と駆け落ち同然の形で失踪した時に覚えたのと同じ類の感覚である。
ヤグチは僕に対して、机を挟んで真向かいに座るように指示し、僕がそれに従ったのを確認するとゆっくり言った。
「なんで、よばれたか、わかるか」
ヤグチは机の上に両の肘を突き、組み合わせた指の手で口元を隠すような格好をしていた。
どうやら取り調べを行う警察か何かを頑張って真似ているようだったが、僕は返答に窮し、その芝居じみた所作を嘲弄している余裕はなかった。
なぜなら「なんで、よばれたか」、本当に「わからなかった」からである。




