夏の魔物①
4日前、7月18日、終業式の前々日の出来事だった。
夕食後、しばらく経ったところでふとアイスが食べたくなり、コンビニへ向かった。
僕は無類のアイス好きなのでこれは特に珍しい出来事ではない。恐らく家にいると頭に血が上る機会が多く巡ってくるため、アイスでその熱を冷やしてやりたくなるのだろう。
コンビニまでは走って5分ほどで到着した。時間としては長くない部類に入るのだろうが、その5分間の走行は、少なくとも僕を汗だくにするのには十分すぎるほど足りていた。
皮膚の内側から頭皮を覆うように次から次へと滲み出てきて、やがて耳の近くを通過しながら垂れ落ちていく汗の滴の感触を、僕は今でも忘れられないでいる。
明るく、かつかすかに挑発的な響きを帯びているように感じられなくもないBGMに迎えられ、店の中に入った。
真冬の体育館の倉庫に閉じ込められた時よりもゆっくりと、そしてまんべんなく全身が冷やされていく。
寒いのは好きではないが、暴力的な暑気で満たされた世界を通過してきた身からすれば、控えめに言って、とてもよい気分だった。
この心地よさをすぐに終わらせてしまってはもったいないと考えた僕は、すぐに意味もなく店内を物色することを始めた。
自分の行動にもかかわらず、「意味もなく」と付言したのは、うろつこうがうろつくまいが、結局僕はアイス1つ買う以外の貢献を、そのコンビニに対して為すつもりが毛頭なかったということを示すためである。
ちょうど雑誌のコーナーに差し掛かったぐらいのタイミングだった。
「ねえ、ちょっとお、ちょっとお、こっち来てください、これ、これなんですけどお、もうないんですかあ?」
唐突に間延びしたセリフが耳介内に挿入されてきた。
店内にはその時ほとんど人がいなくて、スピーカーから流れるBGMや宣伝の文句、さらには冷蔵設備の駆動音などの物音がむしろ静寂の深さを強調する方向で機能できるほどだった。
くだんのセリフは、微妙なバランスで成り立っていたその「静寂」を一挙に引きちぎった。
内容の不可解さもさることながら、僕の気を引いたのは、声音に含まれたかすかな「険」の調子である。
理由はわからないが、声の主は誰かに対して怒りをぶつけているような感じだったということだ。
釣られて声の聞こえてきた方を見ると、予想よりも近い位置に2人の人物が立っていた。
1人は40~50代くらいの男だ。
頭髪が薄いためにそう見えただけで、本当は30代だったのかもしれないが、いずれにせよ、それなりに年齢を重ね、老年に差し掛かりつつあるという雰囲気を醸し出していたことは確かだった。
命にかかわりそうなこの暑さの中、頑張ってしっかり黒い背広の上着まで着用していたというのも称賛に値する。
察するに、仕事帰りにコンビニに立ち寄ったということなのだろう。ご苦労なことだ。
だがそういう「見た目」から感じられる誠実さや老成した雰囲気を見事にぶち壊しにするだけの力が、その男の「行動」には確かに備わっていた。
なぜならそのハゲは先に提示しておいたあまりに気色の悪すぎるセリフ(「ねえ、ちょっとお~」)を、至近距離から店員に対して吐きかけていたのだから。
つまりここで言う「店員」が、僕の近くに立っていた人物の2人目ということになる。




