プロローグ①
「おい、担任のヤグチのことなんだけど、あいつ逮捕されたらしいんだけど、知ってるか?」
1学期の終業式の翌々日、7月22日の昼過ぎ、通知表などを取りに学校に行くと、同じクラスのナカガワがいきなり声をかけてきた。職員室前の廊下でのことだった。
「……、いや、知らないけど……、てかお前こそ何? 何なの? いきなり」
「おれ? 俺は補習だよ」
僕の通う高校はとりたててすごい進学校でもなく、だからというわけではないが、基本的に高校一年生の夏休みに補習が行われることはないはずだった。教師からしてみれば、大してやる気も能力もない中坊上がりのクソガキどもに、長期休みを返上してまで何事かを指導する気にはなれないということなのだろう。個人的にもその感覚は正しいものだと思う。逆に言えば、高一の夏休みに「補習」を受けているのは例外で、二年生への進級が既に危ぶまれている生徒であることを意味する。
……にもかかわらず、「オレハホシュウダヨ」だと? なぜそんな風に誇らしげに口外することができるのか。
ちなみに僕とナカガワは同じクラスで、時折言葉を交わすぐらいの仲ではある。話題は基本的にアニメについてである。逆に言えばただそれだけの関係で、だからこそ普通の会話がうまくかみ合わないのはある意味当然なのかもしれない。もちろん「当然」であることは、こちらの覚える苛立ちの度合いを減じることにはつながらないわけだが……。
ここでも予想外の返答をぶつけられたことで何と答えたらよいのかわからず、ナカガワの剃り過ぎた眉とやけに離れた目、そしてダンゴムシを大量に詰め込んだかのように大きく広がった鼻の穴などを順々に眺めながら口ごもっていると、奴の方がすかさず言葉を続けてくれた。
「それよりこれ見ろって」
たすき掛けにしたエナメル製の鞄の脇ポケットからスマホを取り出そうとしている。僕は慌てて咎めた。
「バッカかお前、こんなとこで出すなよ」
「は? なんでダメなんだよ、アニメだとみんな普通に使ってるぞ」
「……疲れるからそういう冗談なのか本気なのかわからないことを大声で言うのはやめてくれよ……」
そう言って僕は拳で奴の腰のあたりを叩くようにすると、そのままトイレまで追いやっていった。
他の学校の規則がどうなっているのかはよく知らないが、僕の学校では校内でのスマホ使用は禁じられており、見つかれば没収されるというルールもある。まあ、隠れて使ってる奴がほとんどであるし、そもそも僕も休み時間に好きなアニメのキャラの画像を見て喜んだりすることがあるのでとやかく言うつもりはないが、さすがに職員室前で出すのは勘弁してほしかった。一緒に使っていると誤解されれば連帯責任でこちらまで機器を没収される恐れがあり、それはもちろん僕の望むところではない。




