そして「天国」へ⑤
それゆえ私はひとまず少し離れた位置にある電柱の陰まで後退し、周囲の様子を観察するところから始めることにした。
するとすぐさま意識が引き寄せられたのは、タンクトップを着た屈強な男の姿である。
風俗店近く、飲み物の自販機に凭れながら煙草を吸っていた。鼻が高く彫りが深い容貌は、濃く日焼けした肌の色と相まって異邦人であるとの印象を与えてくる。
従業員なのか、それとも客なのか……。
そんなどうでもいいことを考えているうちに目が合い、睨めつけるような、こちらを品定めするかのような鋭い視線を送り返された。
私は反射的に後ずさりしかけたが、頭の中で再び「俺はいつも舐められる」との文言が蘇ってきたところで踏みとどまり、むしろ距離を縮めていこうとした。
「え?」
次の瞬間、思わずそう呟いていた。
屈強な男のさらに向こう側、店の本当の真ん前に、いつしか別の一つの人影が生じていた。
その人物は、頭上からの照明の光を受け、確かに「人【影】」と称されて然るべきような、実に黒々とした翳りを身にまとって視界に現れた。
だが影云々よりも何よりも、問題はひとえに、そいつが風俗店の敷居をくぐろうとしていたことにこそ存する。
店の入口には自動ドアではなく、手で押すか引くかして開ける扉が設置されていた。
「人影」はその取っ手の部分に手を伸ばして、今にもそこに触れようかという状態にあった。
もちろん、「風俗店に入る」という行動は、対象年齢こそ高めではあるものの、「日常生活」の範疇から何ら外れるものではない。お腹が減った時に、牛丼屋を見つけ、中に入ろうとするのと同じことだ。
実際、先に紹介したタンクトップ野郎が「風俗店に入」ろうとしていたならば、私は気色悪さをこらえながらも、その様子を冷静に観察し続けることができただろう。
だが、「そいつ」は、ダメだった。
反射的に目を細めて一瞬だけその「人影」を凝視した私だったが、すぐに眉間の緊張を解き、ほぼ小走りで歩き始めた。
真夏の暑さに当てられたのか、地面のアスファルトが妙に柔らかく感じられ、足を下ろすたびわずかに撓んでいる気がする。
いずれにせよ、駆け足になってしまうほど私は焦っていたということだが、その理由は、端的にくだんの「人影」が、あまりに小さすぎたという点に求められる。
もちろん目視で判断しただけなので定かではないが、どれだけ年かさに見積もっても、小学校高学年を越えはしないように見受けられた。少なくとも、「性感ヘルス」に入店してよい年齢ではない、はずである。
さらにその「幼さ」の感を助長するのに一役買っていたのは、「服装」である。




