そして「天国」へ②
道幅が狭まったせいで、ゴチャゴチャとした感じは強まったものの、定食屋、床屋、精肉屋、銭湯などが立ち並ぶ光景には、表の通りと比べてそれほど大きな違いがあるわけではなかった。
人通りも相変わらずほとんどない。
薄闇よりもわずかに濃い黒色に覆われ、全てが曖昧さの中に溶けゆくかのように感じられる景色をぼんやり眺めながら歩き続けていた私は、やがて視界を彩る景色の組成に変化の兆しを見て取ることになる。
それを私に告知したのは、一つの電飾看板である。
だいたい臍ぐらいまでの高さで、両腕で抱きかかえればすっぽりと収まりそうな大きさのその自立式の看板は、ほとんど誰も見ていないという事実をものともせず、堂々と眩い光を放っていた。
パトカーの屋根に乗っているものによく似た赤いランプが、回転しながら規則的に浮かび上がらせるのは、「性感ヘルス」・「極上の体験を」といった、笑えてくるほど典型的な、蠱惑的なフレーズの数々……、そしてその中心に居座り、ひときわ見る者の目を引く「HEAVEN」の文字……。
そう、その時、私の目の前には所謂「風俗店」が出現してきていたわけである。
なぜか銀行と学習塾の間に立つ、お世辞にもオシャレとは言えない店、それこそまさしく私の「目的の場所」だった。
※
タカハシの封筒の中身を見た直後のことだ。
徒労の気配が色濃く充満し始めた私の脳裏に、一つの疑問が浮かび上がってきた。
なぜ俺は舐められるのか。
その疑問はいったん意識されるや否や、抗いがたいほど強い力で以て、私の頭を締め付け始めた。
もっともそれは決してその時、不意に思いついた疑問というわけではない。
自分が他者から侮られているという感覚に、私は物心ついた頃から、常に襲われ続けてきた。
それゆえすぐ前の「疑問」は単に形式的で便宜的なものに過ぎず、もちろん「答え」もまた、既に私の中にある。
俺はなぜいつも舐められるのか。それは俺が童貞だからである。
この一対の組み合わせこそ、私をとらえた「疑問」の真の形態なのである。
童貞であるということ。
それは言い換えれば「未経験」ということであり、「無能力」という語とも容易に結びつく。
つまり、「D・O・U・T・E・I」という、響きからしてクソ面白そうな表現は、「大の大人」であれば本来備わっているべきもの(経験・能力)が、例外的に不足しているということを意味し、だからこそ、それをこじらせた人物は、舐められても仕方がない者、所謂「人外」として、侮られ排斥されるのだ。
これは所謂「持たざる者」のひがみでも、所謂「無能力者」のねたみでも、所謂「負け犬」の「遠吠え」でもない。
実際、あの日もそうだった。
今から一年半ほど前、ちょうど、春の終わりことである。




