二人目の「消失」と、託された「任務」⑤
「何者……って、こっちの方が聞きたいんですが、こんな時間に、どうしたんですか?」
もう一度携帯電話で確認すると、まだ午後9時にもなっていなかった。……なのに「こんな時間に」だと? 慇懃無礼な態度で人を馬鹿にするもの大概にしておけよ……。
私は構わず続けた。
「タカハシじゃないのか?」
「タカハシ? うちはヤマモトですけど……」
そう言って「隣人」は受話器を置き、通話を断ち切った。
再び沈黙したスピーカーを前にしながら、私は急ピッチで頭を回転させた。
コミュニケーションの成立を拒まれたことに対する失望よりも、最後に吐き捨てられたセリフの「わけのわからなさ」の方が気にかかっていた。
……「タカハシ」じゃなくて「ヤマモト」だと? どういうことだ……?
だがもちろんいくら「頭を回転させ」ようと、状況が打開されるわけではない。
まさしく「堂々巡り」というわけだが、その事実を否応なしに思い知らされたのは、タイル柄の壁に据えられた表札を目にした時である。
なぜならそこには確かに「山本~」と記されていたからだ。
つまり、「隣人」が「タカハシ」ではなく「ヤマモト」であることは、既にキャンセル不能な確たる現実として、私の眼前にせり出してきていたわけだ。
同時にそれはかつてそこにいたはずの「タカハシ」という人物が、「存在」そのものを抹消されてしまったことと同義となる。
「存在」の抹消……、つまり奴もまた、「赤子」の力の犠牲になったということなのか……?
私は自分の頭に思い浮かんだその想定を、いつもの通り反射的に「馬鹿らしい」と切って捨ててやりたくなった。
どのような問題であっても、目を逸らしさえすれば、それは問題ではなくなる。
だがうまくいかなかった。
むしろその「馬鹿らしい」はずの想定が確かに正鵠を射ているのだと、私はすぐに判断せずにいられなくなった。
なぜなら「タカハシ」宅改め「ヤマモト」宅の部屋番号は、「201」だったからである。単独で見る限り、おかしなところのなさそうなその数字の並びは、隣にある私の家の部屋番号「203」と照らし合わされることで、にわかに確たる異常さを帯び始める。
「201」と「203」。
……両者の中間に位置するはずの「202」は、いったいどこにいってしまったのだろうか……?
混乱の窮まりにより強い吐き気と眩暈とに襲われ、その場に倒れ込みそうになった私だったが、いつまでも呆けてありもしない「202号室」の幻影だけを追っているわけにはいかなかったので、ひとまず持ちこたえて自宅へ戻った。
その間の極めて短い「帰途」の内で、不意に「為すべきこと」があったのを思い出し、帰宅後すぐ、机の上の本を手に取った。
ページの間に一つの封筒が挟まっている。言うまでもなく、先にタカハシから渡されていたものである。
「俺に何かあったらこれをあの女に渡してくれ」
いつか聞いたその言葉が、頭の中をせわしなく駆け巡る……。




