二人目の「消失」と、託された「任務」④
自宅に到着すると鍵も開けず、隣家に赴き、インターフォンを押した。
改めてタカハシを呼び出そうと考えていた。
「赤子」の奪還。それがこの夜の電撃訪問の目的だった。
もちろん「泣き声」が恋しくなったのではない。
問題解決の任をタカハシに委ねてみてもなお、状況には好転する兆しが見えないどころか、むしろ悪化の一途を辿っていると、事態を正確に見極めた私は、もしかすると「赤子」を手放してしまったのが逆効果だったのではないかと、考え始めていたのだった。
こちらとしては「親権」を丸ごと委譲したつもりだったが、「赤子」の側は捨てられたのだと勘違いし、満を持して「不幸」の種をばら撒き始めた、要するに、そういうことだ。
「赤子」の扱いを間違えると「不幸」に見舞われるという流れに関しては、相変わらず荒唐無稽な感は否めなかったが、反面、そうとでも考えなければ、私が「ハゲ」の発覚を初めとする様々な「不幸」に立て続けて見舞われたことの説明がつかない。
そしてだとすればいよいよ、私が責任をもって、「赤子」の処理を引き受けるしかないわけである。
もっとも、呼びかけにタカハシが応答しない可能性は大いにあった。
「大いにあった」というよりも、ほとんど100%に近かったと表現した方が正確だろう。何しろこれまで一度として、奴がまともに応答してきたことなどないのだから。
だがその場合は、ベランダから侵入し、「赤子」を取り返してやればよいだけだ、と私は軽く考えていた。
どのような形であれ、結局最終的に「赤子」が自分の手に戻ってきさえすればよいのであり、あのイカれた隣人にわざわざアポをとらなければならない道理などない。というよりもむしろ可能な限り、接触を避けるのが賢明だろう。インターフォンを押して訪問を知らせることをしたのは、単に情けをかけてやっただけに過ぎない……。
だから「数度」どころかただ「一度」の呼び出しで応答があった時、私はスピーカーから流れて来る短い声に圧されて思わずビクつかざるを得なかった。
「はい」
「え?」……いったい何が起こった?
私は初めて「赤子」の泣き声が聞こえた時と同様、空耳である可能性を考慮し、しばらく身動きをとらずに待機してみた。エアコンの室外機の駆動音に酷似した自分の荒い呼吸音が規則的に連続する。……やはり気のせいか? そう考え、心の平穏を取り戻そうとした私を嘲るようにして、再度スピーカーから声が届けられた。
「え……っと、どちら様ですか? ……いたずらかな」
戸惑いの感に彩られてはいるものの、久しく向けられた覚えがないほど丁寧で穏やかな物言い……。声の主がタカハシである可能性はそこで完全に雲散霧消した。だがだとすると、扉の向こうで応答しているのはいったい誰なのか……?
混乱が上書きされ、自分をうまく制御できなくなった私は、思ったことをそのまま口にした。
「お前はいったい何者だ?」




