二人目の「消失」と、託された「任務」③
反射的に頭頂部に手を伸ばしていた。
左手の指先で探るようにすると、違和感が全身を下から上へと貫くとともに、視界の様子が一気に転換した。
より具体性を期せば、見えている景色が、上方からの俯瞰映像に切り替わったのだ。
つまり頭頂部に触れているはずの私は、それでいてなぜかその「頭頂部に触れている」様子を、真上から捉えていたということになる。いや、だが、そんなことよりも……。
「……なんだと」
そう、最大の問題は、触覚と視覚の両面から、「頭頂部」が完全に禿げ上がっていることが知れたという点にある。
肌の部分ごとに微妙に異なる色合いのムラさえはっきりと見て取れた。
指先から伝わる「違和感」の正体は、だから陶器のようにただひたすら潔い頭皮との接触によって喚起されたものである。まさしく「ツルツル」というわけだ。
「……うわわあああああああああああああっ!」
叫び声に追い立てられるようにして再び目を開けた。
何が起こったのかがわからず、しばらくの間じっとしていた。動悸がやまない。
仰向けに寝そべっていたのだが、心臓が背中をえぐり取らんばかりの勢いで激しく鼓動しているのがわかった。
慌てて後頭部に指を這わせる。地肌の感触を伝えてきたのは、わずかに左に逸れた位置の、ちょうど指先ぐらいの大きさのごく狭い一部分だけで、そこでようやく夢を見ていたことに気づいた。
少しだけ安堵するが、まだまだ動悸は落ち着きを見せそうにない。
寝そべった状態のまま、左のポケットからウォークマンを取り出し、イヤホンを耳に突っ込んで再生ボタンを押した。
ドビュッシーの『アラベスク』。
軽快だがどこか切なさを帯びた響きが、リズムよく脳髄に突き刺さる。……いったいどうやったら、こんな曲を作ることができるのか……。
呼吸が整うのを待ってから立ち上がると、そこは塾の駐車場だった。
要するに、塾長の車のボンネットをベッド代わりに寝入っていたわけだ。
我ながら、なかなか大胆なことができたものだ。このところ事件続きで、それだけ神経が張り詰めて疲弊していたということなのだろう。……だが、今は自分に同情している場合ではない。
すぐ近くにある神社の公衆便所に慌てて駆け込んだ。
もちろん顔を洗うためではない。
頭の状態を確かめるためだ。
薄暗くて視界が悪かったが、不平を並べている場合ではない。
錆びだらけの洗面台の鏡と、普段から護身用に持ち歩いているナイフの刃先とを組み合わせ、「合わせ鏡」を作るようにして後頭部を中心とする一帯に隈なく目を配った。
すぐに安堵した。
夢の中とは異なり、やはり「ハゲ」には大きな進展が見られなかったからだ。
「……ハハッ、それはそうだろう、いったい何を怖れているんだ?」
自然と笑みが漏れていたが、もちろん何も面白くなどなく、むしろ何もかもが馬鹿らしく思え始めた私は、鏡の中の自分に対し、「お前は誰だお前は誰だお前は誰だ」と三十秒ほど呼びかけ続けた後、もう一度塾の駐車場に戻った。
そして一宿の駄賃代わりに、車止めのブロックを三つボンネットに乗せてから本当に帰途に就いた。
比較的涼しい夜だったが、心地よさなどはない。
携帯電話で確かめると、時刻は午後八時を回ろうかというところだった。




