「ハゲ」の発見と、「ミチ」との遭遇③
健康のためにエレベーターではなく階段を小走りで三階から一階までおり、自動扉を開けて外に出ると、小雨が霧のように空から地上までを覆っているところに行き当たった。
傘は持っていなかったが、家まではそれほど距離があるわけではなかったので、駐輪場へ向かった。
言うまでもなく雨はハゲにとって大敵なのであるが、自転車に乗る際にはヘルメットをかぶるようにしていたし、何よりとにかく早くその場を離れたかった。
自転車にまたがり、耳にイヤホンを詰めると、音楽を再生してからペダルをこぎ始めた。
職場から家までは、自転車なら普通に進んで十五分ぐらいの道のりであるはずだった。その微妙な近さが、当の塾を選んで働き始めた理由の一つである。
二度赤信号で停止を余儀なくされたが、それ以外はスムーズに進み、あとは住宅街の中の細い道路を道なりに進んでいくだけでよい、はずだった。
イヤホンから流れていたのは、ドビュッシーの『夏の風の神』であった。
ゆったりとしたリズムで鳴らされる単音の連なりが、聞く者に発狂の予兆に似た郷愁を掻き立てる名曲中の名曲だが、その時の私はそれに駆られるようにしてむしろ進行のスピードを速めていこうとしていた。
ペダルの上に立ち上がり、力強く、だがじっくりと、押し込むようにして脚を大きく回転させる。
するとあろうことか、いきなりその芸術的な旋律を押し除けるような形で、文字にするならば次のように表現するほかない奇妙な音が耳を刺し貫いたのである。
「ミチッ、ミチミチミチミチミチミチミチミチ……」
反射的にグリップを強く握りしめ、ブレーキをかけていた。路面が雨で濡れているせいでタイヤがわずかに滑り、バランスを崩しそうになる。
慌てて両足を地面に下ろし、身体と車体の両方を支えた。勢いが付きすぎて股間がサドルの上で跳ね、息が止まる。
何とか無事に静止できた後、イヤホンを耳から外し、その場でしばらくじっとしていた。心なしか雨の勢いが強まったような気がする。
異音は既に収まっていた。代わりに心臓の鼓動がやけに大きく響いて聞こえる……。
先に「住宅街」と表現したが、私が停車した場所の周囲には人家があまり多くは見当たらず、代わりに駐車場や田んぼ、公園、さらには池などが配置されていた。
それらのいわゆる「周辺環境」のうち、私の最も近くに存在したのは「ゴミ捨て場」だった。
扉もなく単にブロックを積み上げて一定区画仕切っただけの代物で、最後にいつ収集が行われたのか、あるいは本当に定期的に収集が行われているのか疑わしく思えるほど、大量のゴミ袋で埋め尽くされている。
足の踏み場もないとはまさしくこのことだ、と私は瞬間的にそう思った。
ひどい悪臭が、「漂う」というより分厚く重なり合いながら屹立し、壁のように層を成してこちらを圧迫する……。




