「ハゲ」の発見と、「ミチ」との遭遇②
私の塾での勤務は基本的に夜の、高校生向けの講座だけに限られる。
ハゲが発覚したのは授業が始まる直前だったので、その日の残り時間、だいたい19時から22時すぎぐらいまでの間、私はハゲが人目に触れないよう、ひたすらそのことだけに気をつけて生活を送った。
天井の照明が結構危険であり、だからこそ私はできるだけ首を傾け、該当箇所に真上からの光が当たらないように注意した。また、誰かに近づく必要性が生じた時などは、必ず左手を頭部にかざし、地肌の目立つ箇所が誤ってもその「誰か」の視界に入らないよう工夫を巡らせた。休憩の時間帯には言うまでもなくトイレに籠り、ただひたすら時が過ぎるのを待った……。
そうして何とか無事に迎えた終業時刻、逃げるようにして教室を去ろうとした私に、こういう時に限って、「酒でも飲みにいかないか」とお誘いがかかった。しかも呼び止めてきたのは、よりによって私を「ハゲ」呼ばわりした例の忌まわしき同僚だった。
ちょうど金曜日だったということで、「週末を前にして羽目を外して日ごろのうっぷんを晴らそう」との意図があるらしいということが、特有の調子こいた話しぶりから窺えた。なかなかどうしてありがたいお気遣いである。
だがその男が「ハゲ」を指摘した人物である時点で、私が誘いに乗ることはまずあり得なかった。逆になぜ誘えるのか、その神経が理解できない……。
声をかけられた私は、やはり反射的に頭頂部を左手で守るようにしながら、それでも無視してそのまま立ち去るわけにもいかず、足を止めてこう返した。
「えっと、いやちょっと今日は用事が……」
「たまにはいいじゃないか、それともそんなに大事な用事なのか?」
いや、ハゲているから行きたくないのです、と正直に告白してやろうかと、一瞬私は迷ったが、さすがにプライドが許さず、結局こう答えた。
「いや……、そうですね、ちょっと見たいアニメがあるので、今日は無理です……」
これは第一の理由ではないが、嘘ではない。毎晩平均四本のアニメ視聴は私の日課である。倍速にしても、だいたい一時間はかかる計算だ。余計な道楽に興じている余裕はない。
しかしハゲを指摘した男は、さすがにハゲを指摘してきただけのことはあり、ここでも何のためらいもなく、歯に衣着せぬ名文句を投げかけてくれた。
「アニメ? 何言ってんだ冗談だよな? お前それでも社会人か?」
「聞き捨てならねえな、冗談はテメエの存在の方だろ、アニメは芸術だよ、テメエらの下らねえ与太話に愛想笑いして何時間も潰すよりよほどマシだ」
私はそう言うと返事を待たずに再び動き始め、今度は確かに帰途についた。




