「不幸」の連鎖、そして「ハゲ」の発覚②
私の身長は170センチに届くかどうかというぐらいで、男としてはそれほど大きいわけではない。
だが既に述べた通り、「自習」と「お喋り」を中心的なコンテンツとして売り出しているこの塾において、「生徒」を自称するクソガキどもは、休み時間を除けばさすがに椅子に腰かけてはいるので(たまに暴れ出す奴がいないでもないが)、基本的に私のことは下から見上げる以外になく、だからこそ後頭部の、割と上部に位置する薄毛の飛び地が目に付くことはないはずだった。
逆に言えばだからその時〝それ〟が起こったのはある種の「奇跡」であり、そして〝それ〟をもたらしたのはひとえに私の「思いやり」であった。
その日もいつも通り、「クズども(=クソガキと講師)」が一緒になって「お喋り」を楽しむところから「授業」が始まった。お題は、野球についてである。「――ンズ(プロ球団の名前)があまりに弱すぎる」とか何とか言って、口火を切ったのはHだった。
すかさずGと講師Eとが参入する。
そして喋ることが全く無意味であるどころか、喋らず口をつぐみ続けている方がどう考えてもマシだと思えるぐらい、あまりにひどすぎる会話が、惜しげもなくお披露目されるに至る。
そういう文字通りの「ゴミ」(無意味な会話)が刻一刻と生産され続けている間、壁に凭れながら黙って別の事を考えているというのが普段の私のスタンスだったが、この日は「不幸」続き(上述の➀~③)のせいで出勤前から既にブチ切れ寸前の状態にあったことに加え、Xが塾にやって来ていたために、開始五分で我慢が本当に限界を迎えた。
そう、その日はXが通塾してきていた。
「赤子」によって「存在」を奪われたはずだったのに、いったいどうやってこの世に戻ってこられたのかは知らない。いずれにせよ私にとっては、久々の僥倖だった。
Xはとても真面目なので、周囲がいくら騒がしかろうとも、いつも黙って一人勉強に励んでいる。小さい手でシャーペンを握りしめ、ノートに丸文字を綴りながら、顔をしかめて考え込んでいる様子は、撮影した映像をクラウド上と自宅のハードディスク、さらに持ち運びの容易な携帯電話という、少なくとも3つの端末に保存して何度も何度も見返したく思えるほど可愛らしいものだ。
要するに、心の隅々まで純朴で後ろ暗いところの全くない乙女なわけだが、そんな彼女に対してもやはり「お喋り」の魔の手は容赦なく伸びる。
「アヤカちゃんは、どこのチームが好きなの?」「……え? あたしですか? いやあんまり野球知らないんですよね」「え、そうなの? 髪が短いから野球とか興味あるんだと思ってた」「オマエ、それどういう偏見だよ」「ワハハ」「ガハハ」「ナハハ」「クスクスクス」
ハラスメント同然のやり取りに無理やり巻き込まれたXが、それでも頑張って同調するかのように作り笑いを浮かべたことが最後の引き金となった。
「おいテメエら、そのくらいにしとけよ」
私が低い声で「お喋り」の中断を促すと、一瞬にして場に沈黙が訪れた。




