隣人との交流⑦
景気よく二本目の缶の蓋が開けられたところで、恐らくストレスのために目の前が揺らぎ始めたように感じた私は、いったん水場まで赴き、頭から水をかぶって気合を入れた。
そうして元の場所に戻ると、気持ちが萎える前に声をかけた。
「……それで、いったいどうしてくれるんだよ」
返事はあまり期待していなかったが、予想外に顕著な反応があった。
「シッ、静かに」
タカハシはいきなり口に人差し指を当てると、こちらを叱責してきた。
胡乱な目の感じはアルコールが全身に回っていることを能弁に示唆していたが、にもかかわらず、飲酒の最中とは思えないほど素早く激しい動作に面食らった。
だがもちろんこちらには、注意を受ける謂れなどない。
「静かにって、この場所に連れてきたのはお前の方だろ、そろそろわけを教えてく」
「アアメエエエ、ジングレエエエ♪」
いきなり発生した歌声に、私は今度は本格的に口をつぐまざるを得なくなった。
「それ」は言うまでもなく、例の「アメイジンググレイス」であり、「それ」をいきなり歌い始めたのがタカハシであることもまた、言うまでもないことだった。というよりも、他にいったい、誰がそのような奇行に手を染めて平気でいられるというのか。
自室で熱唱する場合は、最悪でも隣人から怒鳴り込まれる程度で収まるが、公共の場で伸びやかな美声を披露することは、下手をすると通報され、社会的に抹消される恐れがある。
にもかかわらず、その「恐れ」に全く頓着することなく、タカハシはサビの部分だけをやはり延々繰り返し歌い続けた。
壁越しに音を耳にするのでなく、間近からの映像つきで生歌を聞くのは正直言って、圧巻だった。
顔全体が大きく伸び縮みするような動きを見せながら、表情を目まぐるしく変化させていく様子には筆舌に尽くしがたいものがあった。
しかし放っておくとタカハシ渾身の「リサイタル」はそのままいつもの通り、半永久的な無限ループに突入していきそうで、それはそれで私の望むところではなかった。というよりもあまり長く見続けていると正気を保っていられなくなりそうだった。
だから私はギリギリのタイミングで現場から離脱すると、もう一度水場へ赴き、頭から水を被って引き返した。
物理的に頭を冷やし、冷静さを取り戻そうとしたわけだが、しかし私が戻った時、あいにく奴はもう歌ってはいなかった。ベンチの背もたれにだらしなくしな垂れかかり、気持ちよさそうに半目を瞑っていた。
いつの間にか酒の缶が全て空になっているのを横目で見やりながら、気づかないふりをして改めて尋ねた。
「で、これはいったい、どういうことなの?」
「……何がすか?」
さすがに堪忍袋の緒がブチ切れた。
「ナニガじゃねえんだよっ! ふざけとったらマジで飛ばすぞゴラッ、こっちはもう限界なんだよ、ストレスがハゲに一番悪いってシラネエノカよ? ああ?」
「ハゲ?」




