隣人との交流①
汗だくになりながらようやく自宅にたどり着き、玄関の扉を開けた瞬間、あたかも私の帰りを待ちわびていたかのように、さっそく例の音の急襲に見舞われた。
「ミチッ、ミチミチミチミチミチミチ……」
一仕事を終え、それなりに疲弊して自宅にたどり着けば、今度は「赤子」が大泣きして無償の奉仕を要求してくる。
これは勤め人が日々体験する様々な出来事のうちで、間違いなく「最悪」の部類に属するイベントのはずである。
その「赤子」が、自分が望んで作ったものでない場合はなおさらだ。
だが要するにこれもまた、放置がもたらした「不幸」の一環ということなのだろう。……忌まわしいことこの上ない……。
途端にあたかも脳髄そのものをプレス機に挟まれているかのように頭が痛み始めたが、ここまで来たら焦っても仕方がないと考えた私は、うがい手洗いをすませてから「赤子」のもとへ向かった。
その「もと」とは、言うまでもなく、便所である。
保管場所に困ったので、出がけにとりあえず便器の中に放り込んでおいたのだ。蓋をして上に重しを置いておけば、逃げ出す心配もせずに済む。
しかしせっかく便所に足を運んでやったというのに、「赤子」には全く泣き止む気配がなかった。
それどころか距離が縮まった分だけ、泣き声とそれに伴う不快感の度合いはむしろ着実に増大していた。
「不幸」の連鎖を断ち切り、Xを救うより前に、まずこの泣き声を何とかしなければならない。
ほどなくして私はそう考えるようになった。あまりにうるさすぎて、思考に集中を傾けることができない。
だが泣き止ませる方法がわからなかった。
とりあえず便器から出してやろうかと思い、蓋を開けたが、姿を目にした瞬間、大げさでなく殺意が芽生えてきたので断念した。
もう一度蓋を閉め、ほんのわずかだけ遠ざかった喚きを意識の中で弄ぶようにしているうちにふと思いつき、試しにアメイジンググレイスのサビを口ずさんでみたのだが、これも無駄だった。例によって讃美歌と泣き声との交響曲が、爆音で奏でられるだけで終わった。
自らによる詠唱が四十五回を超え、にもかかわらず場に何の変化も生じなかったところで、「……要するに、選択肢は一つしか残されていないというわけか……」と観念した私は台所に赴いた。そして包丁を手にしてから、玄関を目指した。
そこまでは「前回」と同じだったが、今回は靴を履くことさえせず、靴下のまま一気に扉を開けて外に出た。
三和土表面のざらついた感触が、薄い布越しに足裏にこびりついて残る。
夜もタケナワだというのに戸外には純度の極めて高い暑気が充満していて、ゼリー状の塊を彷彿させるほどの弾力を備えたそれを息苦しさとともに突っ切りながら、隣家へ向かった。
やはり間髪を入れず、インターフォンのボタンを押す。




