第二話 森を見つけた日
「立った」
生まれて十日目の朝、ヴェルドがそう声に出したときには、その子はもう三歩ぶん先へ進んでいた。
赤ん坊というのは、もう少しゆっくり育つものらしい――と彼が知るのは、ずっと後のことである。
何しろ比べる相手がいない。
世界で最初の子育てというのは、たいてい手探りで、そのくせ待ったなしという性質を持っている。
二十日を過ぎる頃には、たどたどしいながらも言葉らしきものを交わし始めた。
ひと月もすれば、幼子と呼ぶには目つきの鋭すぎる子どもたちが、丈の低い草の上を我が物顔で駆け回るようになっていた。
「はやい」
ヴェルドは何度目かの驚きを、結局その一言にまとめるしかなかった。
知識の神に仕える使徒としては語彙が足りない、とは自分でも思う。
ただ、目の前で起きていることの説明としては、それで足りていた。
草原の恵みは、育ちの速さに見合うほど豊かではなかった。
一人が半日かけて掘り出せる根は、大きい子でも掌に二つか三つで、噛めば革のように硬い虫が、そこにわずかに加わるだけである。
若草色だった草の面は日照りのあいだに少しずつ色を抜かれ、乾いた黄土色のほうが日ごとに幅を広げていった。
深い色というものは、この星ではまだ贅沢品らしかった。
子どもたちの頬はいくらか薄くなり、腕も脚も、心もとない細さを増していく。
それでもなお笑い声だけは絶えず、痩せた腕で取っ組み合いをしては、勝った負けたと騒いでいる。
「腹が減った」
「減ってない。痩せただけだ」
「痩せたら減ってるだろ、普通に」
そういう言い合いを、ヴェルドは少し離れたところで聞いていた。
空腹のさなかにまで元気を分配できる図太さは、ある意味で立派な才能だった。
ヴェルドは日に何度も、痩せていく手のひらを取っては、指の間から零れ落ちる乾いた土を見ていた。
一度、いちばん初めに自分の腕へ来た子を抱き上げてみて、彼は自分の腕を疑った。
生まれた日にも軽いとは思ったのだが、あの軽さの中には、これから重くなるぶんの見込みが入っていた。
今日の軽さには、それが入っていない。
腕の中から見上げてくる藍青の瞳だけは、生まれた日とまるで同じ強さでこちらを測っている。
根を掘れる場所は、寝ている窪みのまわりから、ひと月のあいだに半日ぶん遠くなった。
できるのは、せいぜい掘る子の隣に座って影を分けてやることくらいだった。
神の使徒という肩書は、こういう場面ではほとんど役に立たない。
その夜、ヴェルドはもう一度だけ、指先に光を宿そうとしてみた。
一滴でいい――そう思って組んだ手の中には、けれど何も生まれてこなかった。
魂の器に注ぐ水は、そう何度も湧いて出るものではないらしい。
二度目を望むこと自体が、そもそも虫のいい話だった。
彼は苦笑して手を解き、代わりに、丸まって眠る子らの風上へ座り直した。
神に頼れないなら、腕と背中でどうにかするしかない。
生まれてまだ間もないというのに、性分だけはすでにはっきりと分かれ始めていた。
誰よりも早く駆け出す子がいて、物陰でじっと様子を窺う子がいて、取っ組み合いの仲裁ばかりして回る子がいる。
ヴェルドは全員の名を一度に覚えきれないことに、いっそ清々しさすら覚えていた。
たった一つの器から、これだけの散らばり方が出てきたのだから。
その夜、眠らない子が一人いた。
膝を抱えて地平線のほうを向いたまま、ヴェルドが見ているあいだ、一度も振り返らなかった。
*
その地平線を、ノアは昼のあいだも見ていた。
見ているというより、測っていた。
立っている場所の足元に小石を一つ置き、日が傾くたびに影の先端へもう一つ置いて、二つの石のあいだを踵から爪先へ継ぐようにして歩数で数え、数えた数を口の中で繰り返す。
昨日の日暮れは二十二歩で、今日は二十四歩だった。
歩幅は、昨日と同じにしたつもりでいる。
「何してるんだ、それ?」
隣に座り込んだのはセトだった。
感情の起伏に乏しい、けれど妙に耳に残る平坦な声で、こちらの手元ではなく小石の列のほうを見ている。
ノアは石を並べる手を止めずに答えた。
「影が伸びるのは、まあ分かる。伸びる長さが毎日違うのが分からない。昨日は二十二歩で、今日は二十四だ。歩幅は変えてない。歩いてる俺のほうが同じなんだから、変わってるのは日のほうだってことになる」
言ってから、彼はまた地の際へ目を戻した。
答える気があるのかないのか、自分でもよく分からない口ぶりになった。
セトの声が、抑揚のないまま続けた。
「それ、記録しといたほうがいいんじゃないか?」
「お前が記録係やればいいだろ」
「俺は俺で忙しい」
忙しいというわりに、セトはその場に腰を据えたままだった。
二人のやり取りを聞いていたリアが、掘ってきた根を足元へ並べながら小さく吹き出した。
「二人とも、暇なら手伝ってよ。今日はここまでで六つ。硬くて噛めないのが三つあったから、食えるのは三つ。そこで座って喋ってるうちに、たぶんもう一つ減るからね」
「その口が一番達者だけどな」
ノアがそう混ぜっ返すと、リアは根の土を払う手も止めずに返してきた。
「達者な口も才能のうち」
三人のやり取りには、緊張感というより、身内同士のなれ合いじみた気安さがあった。
生まれてまだひと月ほどしか経っていないというのに、この手の間合いだけは妙に堂に入っている。
ノアは小石をもう一つ拾い、日の落ちる速さに追いつかないまま影の先へ置いた。
その小石の列の向こうに他とは違う色があると気づいたのは、日が地の際に触れる頃である。
「……あれ、なんだ?」
乾いた草の枯草色でも、点々と散る白い小花でもない。
もっと深く、もっと沈んだ一本の線が、地平線に沿って細く伸びている。
夕日の橙に炙られてなお、その一線だけは頑固に色を譲らなかった。
「緑、だよな」
「緑だな」
セトが平坦に頷いた。
感動をあらわにする趣味はないようで、瞳の動きだけは明らかにその線を追っている。
ノアが振り返って呼んだせいで、ヴェルドのところへ報告が行くより先にちょっとした騒ぎになった。
「本当に緑か」「他の色と見間違えてないか」と半信半疑の声が飛んでくるのを、ノアはそのひとつひとつに「疑うなら自分の目で見てこい」とにべもなく押し返した。
結局、言い争いは全員でその場に並び、揃って地の際を睨みつけるという、何とも効率の悪い形で終わった。
日が完全に落ちて、草の面が青を含んだ薄鼠に変わっても、線はまだそこに見えていた。
色が消えなかったということは、あれは夕日のせいではない。
ノアはその夜、影の歩数を数え直さなかった。
数えるより先に、確かめたいものができていた。
*
その騒ぎがヴェルドのところへ届いたのは、その日のうちだった。
地の際に一本だけ色の違うものがある、という話だけを頼りに、そこへ向かうかどうか。
答えは早かった。
この草原では、いずれ育ちきれなくなる。
誰の目にも明らかなことだった。
迷う余地があるのは「行くかどうか」ではなく「今すぐ行くか、あと何日か待つか」のほうだけである。
水の溜まりは三つ残っていて、いちばん深いものでも掌を沈めれば底の砂に指が触れる。
歩けるのは日の出から日の入りまでで、痩せた脚の歩幅では、待てば待つほど届く距離が短くなる。
待つ理由は、どう数えても出てこなかった。
出発の前夜、ノアがヴェルドのそばに来て、珍しく声を落として尋ねた。
「向こうに何があるか、本当は誰も知らないんだよな」
「知らないよ」
ヴェルドは正直に答えた。
誤魔化す理由もなかった。
「怖くないのか?」
「怖いよ。僕は君たちを作ったけれど、この草に何が実るのかも、あの一線が木なのか苔なのかも、知らないままここへ降りてきた。知らないことのほうが、たぶんずっと多い。だから、行くと決めたのは当てがあるからじゃないんだ」
「じゃあ、なんで決めたんだよ」
「ここにいたら、君たちのほうが先に終わる。それは、怖いよりも困るからだよ」
ノアは意外そうな顔をしたが、すぐに小さく笑った。
神に仕える者だろうと何だろうと、怖いものは怖い――そのことが、なぜか少し安心材料になったようだった。
「君たちを、一人にはしない。……僕がいなくなるまで、ずっとだよ」
ヴェルドはそう続けた。
言ってしまってから、ずいぶん重いものを渡したと思ったが、取り消す気は起きなかった。
目の前で不安げな顔をした子に、何か確かなものを一つ持たせておきたかった。
それだけだった。
「……ま、なんとかなるだろ」
急にいつものぶっきらぼうな調子に戻り、ノアはそう言って立ち上がった。
「怖いって言われて安心するの、なんか損した気分だけどな」と背中で付け足していく。
素直に不安を漏らした直前の自分を誤魔化すような、いかにも彼らしい締めくくり方だった。
その背中が眠る輪のほうへ消えてから、ヴェルドはもう一度だけ指を組んで、それから開いた。
掌には、何も滲んでいなかった。
*
その翌朝、東の空が薄紅に膨らみきる前に、一同は昨日まで睨んでいた一線のほうへ歩き出した。
歩き出す前に、セトは平たい石を三つ選んで、結局その場へ置いていった。
三つ持てば水を掬う手が塞がると気づいたからで、置いた場所は覚えておくことにした。
起きたことを残しておく方法を、彼はまだ一つも持っていない。
草原を横断する旅は、思っていたよりずっと長かった。
一日目の夜は、火も無いまま身を寄せ合って眠った。
墨を溶いたような空に白銀の粒が端まで詰まっていて、星が驚くほど近く見える夜で、セトは数え始めて三度目に見失った。
冷えた夜気の中、体を寄せ合っても、薄い肌の下では熱がすぐに逃げていく。
誰かが誰かの背中に鼻先を押しつけ、押しつけられた方が「くすぐったい」と声を殺して笑う――そんなやり取りを繰り返しながら、ようやく眠りが訪れた。
朝になると、手前の四人が申し合わせたように同じ向きに丸まっていて、その隣も、さらにその隣も、似た形で連なっていた。
セトは、その並び方を覚えておこうと思った。
二日目の昼過ぎ、空の色が唐突に変わった。
薄い水色が鈍い灰褐に塗り替えられ、地を這うような強風が乾いた砂と枯れ葉を巻き上げて襲いかかってきた。
「伏せろ!」
誰が叫んだのかは、セトには分からなかった。
気づけば全員が体を寄せ合い、大きな子が輪になって外側を固め、小さな子をその真ん中に囲い込んでいた。
教えた者はいない。
セトは、自分が二番目にそうしたことを覚えている。
最初にそうしたのが誰だったかは、外を向いた背中が並んでしまったあとでは、もう見えなかった。
風が過ぎ去った後、輪の中心にいた一番幼い子が、きょとんとした顔で「終わった?」と尋ねた。
外側にいた子どもたちは、全身に砂を浴びながらも、笑いをこらえきれずに崩れ落ちた。
守り方は完璧だったのに、守られている本人だけが呑気だという落差が、なぜかひどく可笑しかったのだ。
砂埃にまみれた喉のために、その先の窪みに溜まっていた水を、ヴェルドが手で掬って一人ずつの掌へ分けて回った。
「持って行く入れ物がないから、ここで飲みきってしまって」
汲んで運ぶ手立てを持たない一同にできるのは、そこにある水をその場で分けることだけである。
一人あたり、掌に一杯半で底の砂が見え始め、列の後ろのほうにいた子には、湿った砂を握らせるだけになった。
少ないと文句を言う子は一人もいなかった――足りないことには、もう慣れてしまっている。
その輪から抜け出す拍子に、リアが窪みに足を取られて足首をひねった。
「平気」と即座に言い張ったが、その日のうちに歩き方が変わったことは、後ろから見ていたセトにも分かった。
右足を着ける時間だけが、他の誰よりも短い。
三日目、足首をかばって歩いていたリアが、ついに膝から崩れた。
「大丈夫、まだ歩ける」
強がる声とは裏腹に、顔は明らかに強張っていた。
セトは何も言わずにその場にしゃがみ込み、自分の背中を差し出した。
「乗れ」
「重いよ、私」
「口より足の方が正直だな。さっきから右だけ庇ってる」
観察されていたことに気づき、リアは決まり悪そうに黙った。
セトは腕を後ろに回し、膝の裏を抱え込むようにして担ぎ上げる、その場しのぎの背負い方を編み出した。
危なっかしい姿勢だったが、それでも歩みだけは続いた。
「ありがとう」
「礼はいい。その代わり、後で足の具合を詳しく教えろ。どこが、どんなふうに痛くて、どこを踏んだときに一番来るのか。次に誰かが同じところをやったときに、同じ手が使えるかどうかを知りたい」
「そこは黙って『どういたしまして』でいいんだよ、セト」
言い返したのはカイである。
「どういたしまして、だと、何も残らない」
「残らなくていいだろ、こういうのは」
「よくない。……こいつは今日、右を庇って歩いた。庇って歩けたってことは、左のほうは使えたってことだ。次に誰かが右をやったときに、左が使えるかどうかは、やってみないと分からん。今日それが分かった」
「分かったからって、何になるんだよ」
セトは、すぐには言い返さなかった。
「分からん。……いま何になるかは分からん。ただ、忘れたら、次はまた何も無いところから始めることになる」
「はじめから始めるのが、そんなに嫌か」
「嫌だ」
言い方が短かったので、カイはそれ以上つつかなかった。
つつかない代わりに、背負われている側へ向けて言った。
「聞いたか。お前の足、明日から数になるってさ」
「……いやなんだけど」
「俺もいやだ」
ノアが呆れたように口を挟んだが、セトは意に介さなかった。
礼を言われて礼の話を返さないのは変だとノアは言うが、変だとは思わない。
一つの袋に入れておけるものを、わざわざ二つに分ける理由がない。
背負ったまま歩きながら、彼はリアが息を詰める回数を数えていた。
十七を数えたあたりで、やめた。
数えても、この足がいつ治るのかは出てこないと気づいたからである。
*
その背中から降りたのは、四日目の朝である。
四日かけて追ってきた一線は、線ではなく本物の森として目の前に立ち現れていた。
見上げるほどの木々が幾重にも重なり、その足元のどこかで、水の音がしている。
「水だ……!」
誰かがそう叫ぶのと、みんなが我先に駆け出すのが、ほとんど同時だった。
両手で水をすくって顔を洗い、飲み、笑い、また飲んで、冷たさに悲鳴を上げる子までいる。
乾いた草原の記憶が長かった分、その悲鳴にすら喜びが滲んでいた。
リアは最後に着いた。
足首は地面に着けるたびに内側から押し返してくるので、水際までの十歩ほどを、彼女は痛まないほうの足だけ数えながら歩いた。
おかげで、走った者には見えなかったものが、歩いた彼女の目には順に入ってきた。
葉の隙間から差し込む光が、地面に細かな金の模様を描いている。
梢の上のほうは若葉の明るさを、下草の陰は落ち着いた苔色を纏い、同じ緑と一言で片付けるのが惜しいくらい、幾つもの濃淡が折り重なっていた。
幹と幹のあいだにはまだ乳白の霧が残っていて、その帯の下だけ、色がひとつぶん沈んで見える。
水面は空の水色と葉の影を半分ずつ映して、揺れるたびに配分を変えていた。
岩の窪みに溜まった水が琥珀に近い色を含んでいるのは、底に落ち葉が沈んでいるからで、つまりこの森には、去年の葉が積もって腐るだけの時間が流れている。
土と下草の匂い、鳥のさえずり、葉擦れの音――草原では聞いたことのない気配が、そこかしこに満ちていた。
掘る場所が日ごとに遠くなっていく土地とは、根本のところが違う。
しゃがんで、痛むほうの足首だけを流れに沈めてみる。
痛みが引くというより、痛いのがどこか一箇所にまとまった。
まとまったぶんだけ、他のことを考えられるようになる。
それから彼女は、茂みのほうを見た。
小鳥が三羽、朱を差したような色の粒をついばんでいる。
一羽が飛び立っても、残りの二羽は同じ房から離れない。
房には十いくつ付いていて、下のほうの実だけが減っていた。
リアは一粒だけ口に含んだ。
「甘い……!」
その一言で、みんなの手が一斉に赤い実へと伸びた。
ただ一人、ノアだけが手を伸ばさずにこちらを見ている。
「先に食うなよ、そういうのは。何かあってからじゃ遅いだろ」
「鳥が食べてたよ。三羽とも、同じ実を、下のほうから。上のはまだ硬いから残してるんだと思う。……鳥が平気なら私も平気、とまでは言えないけどね。ただ、何も食べないでいるのが平気じゃないことだけは、もう分かってるから」
「……次は、俺が先に食う」
「鳥より先に?」
「そうだ。毒があるかどうかを確かめるのが、いつもお前になるのは、なんか違う気がする」
リアは何か言い返そうとして、やめた。
やめた理由は、自分でもうまく言えない。
ノアはそのあとも実には手を伸ばさず、水際に転がっていた枝を一本拾い上げて、持ち替えては光にかざし、また持ち替えていた。
何に使うのかと尋ねたら、まだ決めていないという返事だった。
使い道が決まっていないものを掌の中で回している時間が、この少年にはやたらと長い。
腹が満たされると、今度は寝床探しが始まった。
倒木の陰、岩の窪み、幹の根元――候補はいくつも挙がったが、結局のところ一番安心できる寝床は「お互いの体温」だという、いつもの結論に落ち着いた。
文明と呼べるものは、まだ何一つ持っていない。
それでも、水と食べ物と、寄り添える相手がいる。
この日の彼らにとっては、それだけで十分すぎるほどの豊かさだった。
リアは、痛むほうの足を誰の脚とも重ならない位置へ置いてから座った。
濡れた足首を掌で包むと、押した形がしばらく残る。
形が残っているあいだは、まだ治っていないのだと思うことにした。
*
その体温の輪から少し離れたところに、ヴェルドは座っていた。
森の入り口で、彼らは初めての夜を迎えた。
火の代わりに身を寄せ合い、満たされた腹を抱えて、誰からともなく眠りに落ちていく。
草原の乾いた土の匂いと違い、ここでは夜の闇にすら葉の匂いが混じっていた。
頭上は枝葉で塞がっていて、歩き出した最初の夜にはあれほど近かった星が、今夜は数えるほどしか見えない。
「ここが、僕らの家になる」
声に出したその言葉に、応える者はもういなかった。
それでいい、とヴェルドは思った。
今夜だけは、ただ眠ることだけが許された夜だった。
生まれた日に、腕の中の軽さへ向けて声に出さずに立てた約束を、彼はもう一度だけ確かめ直した。
まだ何も守り切れてはいない。
それでも、四日を歩いて全員が同じ場所で眠っているという事実だけは、数えられる形でそこにある。
数えられるものが一つでもあるうちは、たぶんまだ大丈夫だった。
屋根、という言葉を、この一同はまだ持っていない。
頭上を覆う枝葉が、今夜だけはその代わりを果たしてくれていた。
風なら、この葉の天井は今夜たしかに防いだ。
雨のときにどうなるかを、ヴェルドはまだ見ていない。
その葉の一枚が枝から離れて、組んだ手の上に落ちてきた。
彼はそれを払わずに、朝まで持っていた。




