第十四話 ふたつの知恵
雪が引いたあとの畑は、去年よりも黒く見えた。
七年目の春である。
色の濃い土はよく育つというのをリアは自分の目で覚えていて、誰かに教わった覚えはどこにも無い。
ところがその春、畝を掘り返した手のひらに乗ってきた土は、色だけは去年と同じ濃さでいて、重さのほうが抜け落ちていた。
握って開くと、握った形が残らずに、縁から順にほろほろと落ちていく。
落ちたぶんは掌の皺へ入りこみ、そこだけが乾いた鼠色に白ずんで残った。
去年の春に同じ畝で掬ったときは、開いた掌の上へ塊がそのまま座っていて、指で押せば押した跡が窪みになって残ったのを、彼女はまだ覚えていた。
塊にならない土を三度握り直してから、彼女は畝の端まで歩いていって、そこでもう一度掬った。
端のほうは、まだ残る。
残るには残るが、去年ほど長くは座っていない。
「土が、痩せてる」
言ってから、リアは自分がその言い方を土へ向けたことに少し驚いた。
痩せるという言葉を、この森ではこれまで生き物にしか使ったことがない。
使ったのは自分で、しかもほかに当てはまる言い方が一つも浮かばず、そのままにしておいた。
「痩せるのか、土って?」
畝の間にしゃがんだノアが、指で土をこすりながら聞き返した。
「分かんない。ただ、去年より軽い」
去年の畝の縁には、掘り返した拍子に切れた根が乳色に覗いていたものだが、今年の切り口はどれも先が細く、途中で力尽きたように土の中へ消えている。
四年前にここを起こしたとき、鍬の先へ絡んできた根はもっと太くて、ひと掻きごとに引き抜いて脇へ放らなければ次が掻けないほどだったのを、彼女は手のほうで覚えていた。
覚えているぶんだけ、いま鍬が軽いことのほうが気味悪い。
坂を上がった先の柵のほうでも、この春、一つ見つかっている。
リアはそれを、掌を見せに下りてきたフィンの口から聞いた。
この冬に継ぎ足して跳べなくした柵の、いちばん下の石を並べたあたりに、外側から掘りかけた跡がある。
爪で三度か四度掻いて、途中でやめた深さだった。
フィンは石を並べ直し、並べ直してからしばらく、掌をその石の上へ置いたままにしていた。
雪が消えたころにセトが十一まで分けきったのを聞いて、そのうち一頭くらいは柵の裾を掘る、と言ったのは彼である。
言った当人が、掘りかけの跡を最初に見つけたことになった。
柵を積んだ三日目に、斧の柄が根元から裂けた。
裂け口は生成りのまま毛羽立っていて、握るたびに細かいものが指の腹へ刺さる。
継ぐ棒のほうは全部その柵になっていて、まっすぐなのが一本も残っていない。
薪を割るのに、彼は刃の背に近いところを布で巻いて、そこを直に握った。
上着にならなかった端切れで、それでも捨てずに取ってあった類のものである。
「縦だと真ん中で滑る。斜めだと親指の付け根が余る。二重にすると、厚くて刃の向きが分からない」
三通り試して結局いちばん薄い巻き方に戻したのだと、彼はそう言いながら掌を裏返した。
その代わり、一度に割る本数を七本から四本へ落としたのだという。
布は三日で滑るようになり、四日目の朝に掌の付け根を擦り剥いた。
剥けたところは臙脂に湿り、乾くと縁から順に飴色の薄い膜を張る。
剥けた面は親指の付け根から手首の側へ斜めに広がっていて、握れば張り、開けば縁のところに血がにじんで並ぶ。
夏まで我慢する、とこの冬に彼は言っている。
言ったとき彼が指を折って数えていたのは柄になる棒の本数で、掌はまだ一本も数のうちに入っていなかった。
薬草のほうは、もっとはっきりした形で行き止まった。
去年の秋、腫れを引かせる葉を、彼女は林の南の斜面で見つけている。
冬のあいだ何度もその斜面を思い返し、雪が引いたらいちばんに行くと決めていたし、実際に雪が引いた翌々日には行った。
斜面はそこにあり、去年と変わらない角度で日が当たっていて、去年と同じ形の葉が同じあたりに生えていた。
生えてはいたが、それが去年のものと同じかどうかを決める手立てが、彼女の側に一つも無かった。
似た形の葉が、その斜面には三種ある。
覚えているのは摘んだ場所と、摘んだ日の空が灰白に曇っていたことと、その葉を貼った相手の腕の腫れ方だけだった。
三種とも摘んで、掌で潰して匂いを嗅いだ。
一つは青臭く、一つは湿った灰の匂いがし、一つはほとんど匂わない。
潰した汁の色も三つとも違っていて、若草、鶯、それに水のような透明である。
違うことは分かる。
分かったところで、比べる先が最初から欠けている。
「同じ葉が二回続けて効くまでは、効くって言わないことにしてる」
そう決めたのは、屋根がまだ無かった頃、沢からの帰り道でフィンの指の関節へ葉を貼った日である。
決めたときは、それが自分の慎重さだと思っていた。
その前に一度、効くと言ってから同じ形の葉を貼って、腫れを引かせられなかったことがある。
斜面に立って三種を掌に並べてみて、彼女はようやくその決まりの中身に気づいた。
三枚は、大きさが順に一回りずつ違う。
葉脈の走り方も、真ん中の一本から左右へ均等に出るものと、根元寄りで一度分かれてから上がるものとがあり、縁の切れ込みは深いものから順に、七つ、五つ、三つだった。
これだけ違っていて、去年の一枚がどれだったかを彼女は言えない。
記憶が悪いのではない。
去年の自分が、そこを覚えておく場所だと思っていなかった、というだけである。
探して回るやり方をしているかぎり、二回目というものはそもそも来ない。
去年の斜面には去年の葉が生え、今年の斜面には今年の葉が生えていて、その二つが同じ株から出たかどうかを確かめる方法を、彼女はまだ持っていなかった。
彼女は根の張り方を確かめてから、三種とも株ごと掘り上げた。
掘り上げた根は洗う前で、細い先のところだけが赭い土をくわえこんでいる。
掘り上げた根に土をつけたまま袋へ入れ、袋の口を結んでから、その結び目を一度ほどいて、指の動かし方まで揃えて結び直した。
なぜ結び直したのかは自分でも分からず、分からないまま、その日は掘った分を誰にも見せずに置いた。
*
掘り上げた三株を植える場所を、リアがダンに求めたのは三日後である。
言い出す場所のほうは選ばなかったな、とダンはあとになって思った。
朝の分配が済んで、藍を差した空がようやく薄らぎかけて、笊がまだ彼の足元にある時間だった。
数え終えた杯の数を口に出そうとして息を吸ったところへ、彼女のほうが先に口を開いた。
「畑の隅を、少しもらいたい」
「何を蒔く?」
「食べないもの」
ダンは笊を持ち上げかけた手を、途中で止めた。
止めた手をゆっくり膝へ下ろし、それから顔を上げ直した。
「もう一回言ってくれ」
「食べないもの。薬になる草を、そこで育てたい」
火の周りにいた者が何人か顔を上げたが、上げただけで、誰も口を挟まなかった。
口を挟まないというのは、この一年でこの場に生まれた作法のようなものである。
数の話をしている二人のあいだへ入ると、たいてい話が長くなって、長くなったぶんだけ誰の得にもならないと、みな順番に覚えていった。
「食えないんだな」
「食べられない」
「秋に、何にもならないんだな」
「実はならない」
ダンは指を一本立てて、立てた自分の指をしばらく見ていた。
爪の際に、朝の分配で掬った粉が薄い山吹のまま残っている。
「畝は、去年より軽い土で七本ある。七本のうち、いくつを寄越せって話だ」
「二本」
「一本で二日だ」
彼はそう言って、地面へ指を下ろした。
「今年は一本も足してない。足す土が無いんじゃない。足すだけの値打ちが、もう向こうの土のほうに無いんだ。だから去年と同じ七本だ。……で、一本ぶんがどれだけかっていうと、去年の秋に一本ぶんだけ刈って笊へ移して、俺が数えてある。みんなの二日だ。二本なら四日。四日がどこで足りなくなるかっていうと、秋のうちでも、冬の入口でもないんだ。空の粒が岩の肩まで来て、そこから傾きはじめる頃だ。雪がいちばん深くて、外へ出て探せるものが何ひとつ無い時期に、ちょうど底が見える。そこで足りないと、その先はもう伸ばしようがない」
言い終えてから、去年の春と同じ形で並べている自分に、彼はようやく思い当たった。
去年は蒔く種の三分の一のことで、これとよく似た並べ方をした。
あのときは食い物を土へ埋める話だったから、少なくとも話の筋は通じていたのである。
「今度のは、食い物ですらないんだ」
彼はそう続けた。
「俺が数えられるのは、土に何本埋まってるかと、秋にいくつ戻ってくるかだけなんだよ。効くとか効かないとかは、俺の手元に数字が来ない。来ないものは、どう転んでも勘定に載らない」
リアは膝に載せた袋へ、話のあいだ一度も手を離さずにいた。
袋を抱えたまま、足元へ引いてあった筋を靴の先で消して、消えたところを指の腹で描き直す。
「一本にする」
「二本って言っただろ」
「一本でいい。一本なら、来年も同じ株が残る」
そこでダンは黙った。
黙ったのは返す言葉を探していたからではなく、彼女が値切ったのではないと分かったからである。
向こうはこちらの数え方に合わせて、自分の要る量のほうを削っていた。
数の話をしているつもりでいたのに、相手も最初から数の話をしていたわけだ。
「秋に何にもならないぞ」
「うん」
「言っとくけど、俺は賛成してない」
「知ってる」
ダンは折っていた指を開いて、開いた手をそのまま膝の上へ置いた。
朝の光が薄く乗った甲は、この一年で少し肉の落ちた青みがかった白をしている。
「一本だ。二日だ」
去年もこうだったな、と彼はそのとき思った。
反対して、削らせて、それから頷く。
削らせるところまでが自分の役で、止めるところは自分の役ではないらしい、というのがこの二年で分かってきたことだった。
そう気づいたことのほうは、口には出さなかった。
線を引き直したのはその日の昼で、引いたのもダンである。
北の端から数えて一本目の畝の背へ、彼は踵で溝を切った。
切った溝は畝の走る向きと直角に入るので、遠くから見ると畑の端に一本だけ横棒が渡ったように見える。
切ってから、その一本ぶんの外側を、端から端まで歩数で測り直した。
四十歩と少しあった。
七本が六本になるというのは、指を内へ一本折るだけのことである。
それなのに足のほうは、同じ四十歩を二度歩かないと済まなかった。
一度目は溝の内側を、二度目は外側を歩いていて、歩きながら彼が見ていたのは畝ではなく、その一本ぶんの幅に去年立っていた茎の数のほうである。
数えたところで、今年そこに立つものは食えないのだから、数える意味はどこにも無い。
無いと分かっていて、彼は最後まで数えた。
*
畝を切り直す頃には、森の奥で名を聞いたあの相手が、林の南の縁に立つようになっていた。
数えたのはセトである。
一度目は畝の数を数えていて視界の端に入り、二度目は石板を抱えて水場へ下りる途中で見て、三度目は数えるためにわざわざ林の縁まで歩いていった。
三度とも同じ距離だった。
近づきもせず、去りもせず、肩へ落ちた深緑の髪と樹皮のような褐色の腕が、下生えの高さのところで止まっている。
下生えの葉裏は風が返るたびに銀へひるがえるのに、その影のところだけは、返っても色が変わらなかった。
セトは声を掛けなかった。
掛けるかどうかを決めかねているあいだに、掛けないまま四日が過ぎた。
決めかねたままで、彼のほうは語を渡し始めている。
三度のうち二度、彼は石板の印を指して、その印が指すものを口で言った。
畝。日。雨。数。
向こうは繰り返さない代わりに、同じものを指して自分の言葉を一度ずつ寄越した。
寄越された音は石に刻めなかったので、彼は刻むのをやめて、覚えるだけにした。
四度目に、シルヴァのほうから畝の内側へ入ってきた。
近くで見るのは、森の奥で名を聞いた日以来である。
あのときは葉を一度通した光の下にいたので、乾いた樹皮の灰褐にしか見えていなかったらしい。
畑の真ん中では、髪の深緑に灰が混じり、腕には縦へ走る筋が幾本も入っていた。
巻きついた蔓は乾いた側と生きている側が半々で、生きている側にだけ、淡い紅の花が離れて二つ咲いていた。
畝のあいだを歩くのに、彼女は土を一度も踏まない。
盛り上げた背の上をまたいで、足を下ろすのは溝の底のほうになる。
見ていて、セトは自分たちが歩いた跡を振り返った。
溝の底も背の上も同じように踏み固められていて、どちらがどちらか、もう分からなくなっていた。
歩き方が遅い。
遅いのではなく、こちらが速すぎるのだろうと、セトは石板を抱え直しながら思った。
彼女は畝の端でしゃがみ、痩せて縁の褪せた葉を一枚、指の腹で裏返した。
裏返してから、その裏側をしばらく見ている。
こちらなら、見て、色を言って、次の葉へ行く。
彼女は同じ一枚の上に、こちらが三枚ぶん歩く時間だけ留まっていた。
「これは?」
喉が息を入れる音のほうが先に届き、言葉はそれからずいぶん遅れて形になる。
「……去年も、ここに?」
「蒔いた」
セトがそう答えた。
「その、前の年も」
「蒔いた」
シルヴァは葉から手を離した。
離してから、離した手をしばらく宙に置いたままにしていた。
「三度、同じところで、同じものを」
「そうだ」
「……この土は、実を返してくれません。……返せないのだと思います。……こちらの林でも、同じところに同じものが出るのを、三度まで見ました。四度目は、細いのを見ています。細くなってから、しばらく何も出ません。……そのあと、また出ます。出るまでの長さは、木によって違います」
セトは石板を膝の上へ置いて、刻む姿勢だけを作った。
作ってから、まだ一画も彫らずにいる。
彫れないのは、どこを彫ればいいのかが決まらないからで、決まらないのは、彼の石が起きたことを一行に縮めるための道具だからである。
雨が降った日は雨の一画で足り、実の落ちた日は落の二画で足りて、それで足りなかった日は、これまで一日も無い。
ところが向こうの話し方は、一つ言うたびに言ったことの隣へもう一つ足し、足したものの隣にまた一つ足すという、縮めるのとは逆の向きへ伸びていく。
縮めようとすると、いちばん縮めてはいけないところが真っ先に落ちるのが、聞いているうちに分かってきた。
「返さないというのは?」
「一度、出したものは……戻るのに、時間が、要ります。……三度続けて出させると、四度目のときには、出すものが、ありません。……あなたたちは、無いものを出させようとして、掘ります。掘ると、もっと無くなります。……怒っているのではありません。土は、怒りません。……ただ、無いものは、出ません」
「どれだけ待てばいい?」
「一度、休ませて、次の年に、蒔く。……そのあいだ、そこには、何も置かない。草が生えても、抜かない。抜くと、また出させることになります。……生えた草は、枯れて、そこへ落ちます。落ちたものが、次の年のぶんです。……待つのは一年です。一年は、あなたたちには長いのでしょう」
「置かないと、その一年は、そこから何も採れない」
喋り終えるまでに、日の影が畝の背を一本ぶん渡っていた。
渡りきったところで、セトが返したのは三文字である。
「そうか」
こちらの返事はいつもこれくらいで足りている。
足りなかったのは、この春が初めてだった。
「はい」
そこで彼女は初めて、頷きらしい動きをした。
首を縦に折ったのではなく、肩ごと一度沈めて、沈めたところからゆっくり戻すという動き方である。
セトはその動きを二度見てから、これが向こうの「はい」なのだと決めて、以後は確かめるのをやめた。
「なんで、教える?」
そう聞いたのもセトだった。
聞いてから、この問いを自分が春のあいだずっと抱えていたことに気づいた。
シルヴァはしばらく林の奥を見ていた。
「……ここが痩せると、こちらの林も、痩せます。……境が、無いので。……水は上から下へ来ますし、根は、あなたたちの畑の下も通っています。……あなたたちが鍬を入れる、その先です。掘っても、腕が入りきらないくらい下です。見えないので、あなたたちは踏んでいることを知りません。踏まれても構いませんが、痩せられると、困ります」
セトが刻んだのは、一行である。
――畝は、一年おきに休ませる。休ませた年は、そこから何も採れない。
刻み終えた一行の上へ視線を落としたまま、彼はしばらく手を止めていた。
教わったことを刻むのは、これが初めてである。
これまで石の上に載っていたのは、自分たちが試して、自分たちの手で確かめが済んだ結果だけだった。
確かめていないものを刻んでよいのかどうかを、彼はそのとき短く考えた。
石は、消せない。
伏せて上へ別の石を載せることはできるが、それは間違いを隠すやり方であって、間違いを直すやり方ではない。
考えて、彼は伏せなかった。
自分たちで確かめるとなれば、三度続けて蒔いて四度目を見るまでに四年かかる。
その四年ぶんの冬を、この一同があと何度持ちこたえられるかを、彼は数えたことがない。
*
ヴェルドは、その一行が刻まれるところを、輪の外から見ていた。
火の届く縁のところに立って、石板の面が火のほうへ向くたび、削った粉が白く光るのを見ている。
畝を休ませるという話は、彼の頭の中に前からある。
いつ入ったのかは思い出せない。使徒として目を開けたときには、もうそこにあった類のものである。
七年のあいだ、彼はそれを一度も口に出していない。
言えば、土が痩せる前に休ませられたし、この春の三日も要らなかった。
その三日のあいだに、リアは土の重さで痩せを見分ける手を覚えた。
覚えた手のほうは、口から渡せない。
だから黙っていたのだ、と自分へ言うことはできる。
毎回そこまで言って、そのあとに残るものが同じなので、彼は近ごろ、途中でやめるようになっていた。
その一行を火の前で読み上げたのは、その晩である。
読み上げ終わったところへ、ダンが指を折った。
「六を二つに割ると、三と三だ。どっちの年も、半分は寝てることになる」
「今年からか?」
「今年はもう切ってある。始めるなら来年からだ」
ダンはそこで指を開いた。
「……寝てるぶんが何日ぶんかは、いま言わないでおく」
「なんで?」
「言うと、来年まで誰も忘れないからだ」
*
種のほうは、その翌日である。
シルヴァは提げていた籠から実を三つ取り出した。
その籠にも、蔓の輪と同じで切り口が無い。
取り出した三つを、彼女は切り直したばかりの畝の上へ並べた。
大きいものと、中くらいのものと、爪ほどの小さいものだった。
「食べるのは?」
セトがそう聞いた。
彼女は小さいほうを指した。
「なんで小さいの食うんだ?」
口を挟んだのはノアだった。
「大きいほうを、蒔くから。……小さいものを蒔くと、小さいものが出ます。それを、また蒔きます。……そうやって、だんだん小さくなった草を、私たちは幾つも見ました。誰も間違えていません。毎年、いちばん食べでのあるものを食べただけです」
「大きいのは食えるだろ」
「食えます。……食えますが、蒔くと、大きいほうから、大きいものが出ます。……いちばん惜しいものを土へ入れる、というやり方です。惜しくないものを入れると、惜しくないものが返ってきます。……その年は、それで足ります。その次の年から、足りなくなります」
ノアは実を三つとも手に取って、順に持ち直した。
重さの違いを掌で確かめているらしい、とセトは横から見ていて思った。
言い返す言葉を探している手つきに見えた。
「大きいのは食えるだろ」という一言に対して、向こうは草がだんだん小さくなっていく何年かぶんを、はじめから終わりまで並べてきている。
同じ長さで返そうとしたところで、こちらの側に並べるものがあるかどうかを、セトは自分でも考えてみて、出てこなかった。
やがてノアは実を三つとも畝の上へ置いて、その脇の土を指でならした。
次の朝、ダンが棚の上の段の袋を火のそばへ運んできて、口を開けたまま置いた。
去年の秋に、殻の破れたものと無事なものとを分けてある種である。
ダンはその無事なほうを板の上へ広げ、シルヴァの言ったとおり、大きさで三つに分け直した。
分け直すのに、朝から日が傾くまでかかっている。
六本を埋めるのに要るのは、ちょうどいちばん大きい山ぶんだった。
「これを土へ埋めるんだな?」
「埋める」
「この山は、いちばん揃ってて、いちばん重い。冬に椀へ来ると、いちばん腹に残るやつだ」
彼はその山から一つ摘まみ上げ、掌の上で転がしてから戻した。
「反対はしない。反対する形が思いつかないからだ。……ただ、埋めた晩に誰かが腹の減った顔をしても、俺はその顔を数に足さない。足す先が無い」
「足さなくていい」
ノアが答えた。
「足したところで、埋めた種は戻ってこない」
その晩、大きいほうの山だけが畝へ入った。
手の空いていた者を集めて埋めた。
この一同でいちばんあとから育ったウルが熾しを一つ持って畝の端から順に照らし、照らされたところで、一つずつ穴を空けては指の第二の関節まで押し込み、押し込んだ跡へ土をかけて掌で均していく。
熾しの縁だけが橙に灼けていて、掌の上の種はその橙を一粒ずつ受けてから、土をかけられた順に消えていった。
均す手つきは、秋に棚へ上げるときと同じである。
違っているのは、上げた先に何も残らないことだった。
終わった頃には、火の熾はもう掌をかざす値打ちも無くなっていた。
そのあと出た椀には、いつもの晩と同じ量が入っていた。
入っていたが、椀の中は去年より薄い乳色に沈んでいて、粒の大きさのほうも目に見えて落ちている。
選り分けたあとの、二番目と三番目の山から出したのだから、当たり前の話だった。
そのことを口に出す者は、最後まで出なかった。
ウルだけが椀の底を指で一周して舐め、それから空になった椀を両手で持ったまま、鍋のかかっているほうへ体を向けた。
「もう無い」
そう言ったのはダンである。
言いながら、彼は自分の椀をウルの膝の上へ置いた。中身は三口ぶん残っていた。
ウルはそれを、指を入れずに飲んだ。




