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第34話 滅んだものがそこにある


 その村に着いたのは、最終的に、家を出てから車で六時間ほど経ってからだった。社会で習ってはいたけど、東北って本当に広い。


 私と古海くんは、目的地に着く少し前にひびきさんに起こされて、いぶかしげな様子でこう言われた。


廃村はいそんだ」


 私たちが顔を見合わせるのを見て、響さんは仏頂面のまま続ける。


「調べたが、この先には本当に何もない。いや、村はあったはずなんだが、二十年以上前に人口が減って廃村になっている。今はろくに人の手も入っていないはずだから、おそらくほとんど森だろう」

「つまり、お母さんたちは野宿してるってことですか?」


 自分で言っておいてなんだけど、それはないんじゃないかなと冷静な私が言う。だって、それだと行き当たりばったりすぎない?

 けれど、私たちの誰も答えを持っていないので、その場には沈黙が落ちた。


「とにかく村の入口あたりまで行くが、もうほとんど獣道になっている可能性が高い。降りる準備をしておいてくれ」

「分かった」

「分かりました」


 頷いてからややあって、車が進んでいき、村の入口とやらが見えてきた。

 途端、私は「ん?」と首を傾げる。


 まず、獣道なんかどこにもなかった。流石にコンクリートという訳にはいかないみたいだったけど、砂利じゃりが敷かれていて、車が通れるくらいの幅はある道路が続いている。

 一番不思議だったのは、村そのものだった。

 そこにはきちんと村落があったのだ。茅葺かわぶき屋根の家が連なっていて、家と家の間にはきちんと道ができている。草がぼうぼうな場所もあったけど、人が通れないほどの道は少ない。とても、廃村になってから二十年経った場所とは思えなかった。


「なにこれ……ねえ古海こかいくん……古海こかいくん?」


 不思議に思って隣を見ると、古海くんは見たこともないくらい顔を真っ青にして、目を見開いていた。


「嘘だ……」


 どうしたのかと問いかける前に、古海くんは呆然と、その名前を口にした。


「これ、星螺せいら村だ……」


 私はぎょっとして、窓の外の村を見る。

 これが星螺せいら村? でも、場所が全然違うって、響さんが……


 すると、響さんも重々しく頷いた。


「あの日の星螺せいら村が完全に再現されているな。全て覚えているわけじゃないが、見る限りでは家の形や配置が一緒だ。違うのは、植物の成長具合や樹木の種類くらいか」

「ありえない……表札まで同じだ……」


 私はようやく状況をじわじわと理解して、背筋が冷たくなっていくのを感じた。

 何か、とんでもないことが起きている。

 そうこうしているうちに車は村の入口を超えた。響さんは警戒しながら車を運転している。生身で無防備になるより、鉄の塊の中にいたほうが安全、という考えなのかもしれない。

 私も食い入るように窓の外を見ていると、ふと、とあることに気づいた。


「こ、古海くん、古海くん、あれ!」


 指をさした先に、一つの民家の窓がある。


「あそこ、誰かいる!」


 古海くんは弾かれたようにそちらを見る。民家の窓から、二人の老夫婦がこちらを見ていた。なぜか二人とも直立不動で、微笑んでいる。

 その表情がぴくりとも動かないので、私はぞっとして古海くんの腕をぎゅっと掴んだ。


 その手に、古海くんの手が上から重なる。


神崎かんざきさん、ひびきさん、気をつけて」


 こわばった声で、古海くんが窓の外を睨みつけた。


「あの人たち、星螺村にいた人たちだ。二年前、僕がほとんど全員殺したのに……生きてるはずが、ないのに」


 衝撃的な言葉と共に、響さんが車を止めた。硬い声で告げる。


「すまない二人とも。囲まれた」


 私たちは思わずフロントガラスを見る。そこには、車の進行を阻むように、横一列に村の人たちが立っていた。全員が、場違いなほどにこにことした笑顔だった。


 咄嗟に後ろも振り返ったけれど、同じだった。いつの間に現れたのか、老若男女が車の後ろに立っている。こちらも、ぞっとするほど生気のない微笑みを浮かべている。


「降りよう。バットとかで車叩き割られたら終わりだよ」

「そうだな。琥珀こはくくん、これを持っていろ」

 

 言って、響さんは私にはドッグタグを返した。私は慌ててそれを受け取って手に握り込む。

 転がるように車を降りると、村人たちがいっせいにこちらを向いた。何人もいるのに、まるでひとつの生き物のような動きに体が震える。これは、生きているものではないんだと、本能で理解した。


「ああ、なんだ、そっちから来てくれたんですか、カミサマ」


 唐突に聞き覚えのある声が聞こえて、私はそちらに目をやる。

 人の波が割れた。見覚えのある男が一人、歩いてくる。


けんさん」


 古海くんが呟く。私のお母さんを攫った男は確かに、古海くんに少し面影が似ていた。けど、よく見ると五体満足というわけじゃなさそうだった。長めの前髪で隠れた額には火傷の痕があって、足を少し引きずっている。


 彼の後ろには学ラン姿の男の子もいた。感情の読めない瞳がこちらを……いや、私のほうをじっと見ている。ぞくりと肌が震えた。


「戻ってきてくれると思ってましたよ! どうですカミサマ、この村は」

「どうって何? 星螺せいら村をそっくりそのまま持ってこようとでもしたの? 言っておくけどその執着、気色悪いよ」

「何言ってるんですか。カミサマだって、故郷がなくなったら寂しいでしょう」

「寂しい、の意味を辞書で引いてきたほうがいいと思うな」


 辛辣しんらつな口調で古海くんが吐き捨てる。賢さんはからからと笑った。


「合ってますよ。神はあなたを気に入っておられたし、あの村を気に入っておられた。だから再現しているんじゃないですか。我らが神に、心地の良い場所を提供して差し上げるのは信徒として普通でしょう」


 不可思議な論理をぶちまけながら、響さんをすうっと睨みつける。


「もう少しでこちら側に『降りてこられる』予定だったのに……やはり外の者を招くようなやり方は駄目だったんだ。生贄は多い方がいいなんて、老害たちの言葉は無視すべきだった。カミサマを産んだのだって俺の功績だってのに……」


 ぶつぶつと言う男の人の目はもう私たちを見ていない。響さんを睨んでいるけど、実際は響さんを通して別の人間を恨んでいるみたいだった。

 私はだんだんと怒りが湧いてくるのを感じていた。この人が古海くんの父親の一人だなんて、冗談じゃない。こんな、古海くんの本質を見もしないような人に、父親なんて名乗ってほしくはなかった。


「その老害たちは、お前が引き起こした災害で死んだだろう、初声はつせけん


 響さんが淡々と言う。


「お前はあの日に片目と片足をほぼ失い、全身に相当な火傷を負っていたはずだ。あれでは助からないだろうと思って見逃してしまったくらいにはな。さて、今お前はどういう気分なんだ? 自分たちが望んで引き起こした『神による天災』で、己が死にかけるというのは。予想外なのか? それとも、神に殺されるなら本望なのか?」

「うるせえなあ」


 一段階、賢さんの声が低くなる。じろりと音がしそうなほど強く、響さんを睨みつける。


「お前さえ来なけりゃあんなことにはならなかったんだよ! けいにはもう何人か子供を産んでもらう予定だったんだ。それを、お前が来たからあいつは変になって……」

「は、おかしなことを言う。息子を俺に託して逃がそうとした母親を殺したのはお前だろう。結果的に蓮が正気を失い、村全体が壊れたのも、元を辿ればお前の意思で、お前の行動だ。俺のせいじゃないし、お前の精神が未熟だっただけだ。上から下まで自業自得だな」

「黙れ!」


 叫んだのと同時に、学ラン姿の男の子の口から触手が飛び出した。響さんは素早く顔を逸らして触手を避け、防刃手袋をはめた手でそれを掴む。

 そして、いつの間にか持っていたライターで、躊躇なく触手に火をつけようとした。


 瞬間、触手がびくりと震えて素早く拘束から抜ける。逃げ損ねた触手の端が焼ききれ、地面にぼとりと落ちた。


「なるほど、電気だけでなく火も効くようだな」

「お前……」

「ここにいるのはほぼ全員、死人なんだろう? そこの学ランの男はおそらく違うんだろうが、大方、その触手の親玉が入っているといったところか」

「よくもまあ、囲まれてんのに冷静に分析できるなあ」

「ああ、これくらいの人数であれば、あってないようなものだからな」


 響さんはこちらを見もせずに、淡々と言った。


「そうだろう、蓮」

「そうだよ、響さん」


 瞬間、その場に閃光が降った。


 があん! という音と共に、視界が真っ白に染まる。周りから悲鳴が上がって、一瞬で白い光は収まった。


 思わず閉じていた瞼を開いて、私は息を呑んだ。


 賢さんの隣に立っていた人たちの何人かが、その場に倒れ伏していて、地面には黒く焦げた痕があった。

 咄嗟に見上げた先で、黒々とした雲が視界を覆っている。いつの間にか、ごろごろと威嚇するようにそこらで雷が鳴っていた。


 倒れていた人たちは一瞬でどろりと崩れ、焼け焦げた触手があらわになる。それらもぴくぴくと震えるだけで、何もできないまま動かなくなった。


「カミサマ、あんた……」

「僕が、二年前と同じ、やたらめったら力を振りまいて笑うような、厄災やくさいのままだと思ってた?」


 ばち、ばち、と、古海くんの髪の間から火花が散った。

 互い違いの目のうち、灰色だったほうがいつの間にか、うっすらと赤く染まっている。


「ああ、そうだよ、僕は神の子だ。そうでなければこんなことにはならなかったし、母さんが死ぬこともなかったんだろうね」


 古海くんは、私の手を握っていた。だから、私もその手を握り返す。

 大丈夫、ここにいるよ。


「なら、使ってやるよ。僕は僕だ。僕を神の子だというなら、その力でお前たちをきちんと死なせてやる……!」

「っ、その子供を捕らえろ!」


 村の人たちの口がいっせいに開く。触手がぞろりと這い出して、私たちのほう目がけて飛んできた。


 瞬間、すさまじい爆音と共に、視界が真っ白に染まった。

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