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第32話 彼らには意思がある


「私……何ができますかね……?」

「君がすべきことは決まっているだろう。君の母親の奪還だっかんだ」


 私は思わず眉を下げた。それは、そうなのだけど。


「簡単なことだ。俺と蓮が大太刀おおだちまわりをしている間に、君はこのドッグタグを持って母親を探すといい」

「見つけられますかね……?」


 確かにそのマップはすごいけど、こういうのは大ざっぱな位置が分かるだけで、細かい位置を把握するのには向かないはずだ。


「必ず見つかる」


 けど、ひびきさんは不自然なほどに断言した。窓の外、早朝そうちょうすぎて誰もいない道路だけを見ながら、彼は片手でドッグタグをかかげた。


「俺が君の父親なら、まだこれに何かを仕掛けている。マップ機能だって相当なものだが、それだけじゃないはずだ。君が、必ず母親と会えるように、そのための技術を詰めているはず」


 古海こかいくんも頷いた。


「僕もそう思う。だってこのドッグタグ、銀の板が二つ重なってるでしょ」


 それはそうだ。ドッグタグというのは、基本的に二枚の銀板から成っているものだから。

 古海くんは薄く笑って、マップの光が出ていないほうの銀板を指さした。


「なら、こっちの銀板にはまだ何かあるよ。そうじゃない?」


 私は何も言えなかった。分からないからだ。お父さんが私に何を遺してくれたのか、どうしてこんなことができるのか、私には何も分からない。

 そんな状態で任されるのは怖い。だって、私がお母さんを見つけられなかったら、古海くんと響さんはどうなるの?

 どうにか帰ってきてほしいと思っているニコお姉さんは? ニコお姉さんのために家に残ったイサーンお兄さんは?


 あの人たちは、古海くんの、響さんの、家族なのに。


 凍りついたように何も言えなくなった私を、響さんはバックミラー越しにちらりと見た。


「大丈夫だ、琥珀こはくくん。無理だと思ったら遠慮なく言うといい。俺たちは君に無理をしてほしいわけじゃない」

「そうだよ。ただ、このドッグタグはやっぱり神崎さんにしか反応しないと思うから、神崎さんが探すのが一番効率はいいと思う」


 古海くんは少しだけ、寂しそうに目じりを下げた。


「あんまり手助けしてあげられなくて、ごめんね」


 私はハッとして、古海くんの顔を見る。

 互い違いの瞳が揺れていた。私の手に重なった、古海くんの指は熱い。

 私は、好きな人に今、何を言わせたんだろう?

 自分では何もできていないくせに、一丁前に、助けてもらえないかもしれないと思って、不安になって、気を遣わせた?


 ありえない。


 私はぎゅっと古海くんの手を握る。


「ごめん、私が間違ってた。私がお母さんを助けたいんだから、私が頑張らないと意味がないのに」


 そうだ、怖気おじけづいてどうする。そもそも、古海くんと響さんはただの厚意で手伝ってくれているのだ。お母さんを助けることで、この人たちになにかメリットがあるわけじゃないのに。

 私が頑張るって決めたのに、弱気になってちゃいけない。


琥珀こはくくん、頼んだ手前言いにくいが、あまり無理をするな。君はまだ子供だ。子供が大変なときに大人が手を貸すのは当然のことで、君が一人で全てを背負う必要はない」

「でも、これは私と、私のお母さんの問題だから」

「それだけじゃないよ。僕の故郷と、僕の母さんをあんな目に遭わせた男の問題でもある。僕にも関係ある話だ」

「そうだ。ひいては、蓮の後見人になることを決めた俺の問題でもあるわけだ。というか、蓮がこうなってしまっているのはその男のせいでもあるわけだからな。俺が報復に行くのは道理どうりだろう」


 それって結構な愛の言葉な気がしたけれど、響さんは相変わらず真顔で言っていて、そのちぐはぐさがちょっとおかしかった。

 古海くんは恥ずかしいのか気まずいのかよく分からない顔をして、手を振った。


「とにかく、神崎さんは気にしなくていいんだよ。もちろん、ここにいる全員が頑張らなくちゃいけないけど、神崎さんが責任を感じることじゃない。僕たちは僕たちなりに理由があって、自分自身の目的のためにあの男のところに向かってるんだ」

「蓮の言う通りだ、琥珀こはくくん。俺たちは決して、君の母親のためだけに向かっているわけじゃない。だから、君は君のために動き、俺たちは俺たちのために動く。それだけでいいんだ」


 私は二人の言葉を頭の中で噛み砕いて、どうにかこっくりと頷く。まだ、よく分からない。どうして自分が助けてもらえるのか、どうしてここまで言ってもらえるのか。私には特別な力も何もなかったし、この先も何か、素晴らしいことができるとは思えない。

 恩返しができるだろうか、この二人に。


「よし、であれば今度は触手の件だな。それだけが全く情報がない。蓮から見て何か分かることはあったか」

「確定じゃないけど……賢さんは変なものを集めるのが趣味で、僕も似たようなものを見たことがある。その知識で言うと、あれは寄生きせい生物せいぶつだと思う。生きてる間に取り付くか、死んだ後に取り付くかは分かんないけど」

「そうか。死者が動いて、イサーンを襲ったんだったな」

「うん、あれは宿主を見つけて住み着いて、宿主が死んでもある程度は体を動かせるたぐいのものなんじゃないかと思う。あとは、触ると痺れと痛みがすごかった。多分、普通の人が触ってたらそのうち死ぬよ。僕は神事しんじで慣れてたから、一瞬だったら耐えられたけど」

「俺でもダメか?」

「ダメだよ。痛みは分かんなくても痺れで麻痺はするでしょ」


 響さんは唸った。私は二人の話を聞きながら、ふと、あのときお母さんを抱えていた男の子のことを思い出していた。


「ねえ古海くん。あの学ランの人、けんさんって人のことを、お父さんって呼んでた気がする」


 ということは、あの人は古海くんのお兄さんなんだろうか?

 けど、古海くんはきょとんとした顔で瞬いた。じわじわと、その顔に疑念が浮かぶ。


「そうだ……けんさんにあんな大きな子供がいたなんて、僕は知らない。僕の前に子供はできなかったはず……」

「……言い方は悪いが、失敗作(・・・)ということはないか?」

「子供を作ったけど、神の子ではなかったってこと? いや、違うと思う……響さんも知ってるでしょ、あの村には、僕以外の『子供』がそもそもいなかったんだ。僕と似たような子は、みんな、神事しんじ生贄いけにえで死んでしまった」


 私は改めて、ぞっと背筋が冷えるような心地がした。星螺せいら村では、一体何人の子供が死んでしまったんだろう?


「なら、その学ランの男には注意する必要がありそうだ。イサーンから防刃ぼうじん手袋は受け取ったが、どこまでその触手に応戦できるか分からん。二人はいざとなったら逃げろ」

「響さんも逃げるんだよ」


 古海くんが呆れたように言って、私もこくこくと頷く。


「そ、それに、響さんがいないと私たち、帰れません」

「……それもそうだな」


 あっさりと頷かれる。なるほど、段々分かってきた。響さんは多分、感情より理性に訴えかけた方が早い。


「方針は決まったな。なら、お前たちは着くまで体力を温存しておけ。子供は急に電池が切れるからな」

「うん」

「はい!」


 私たちは二人で頷いて、そのまま座席に背を預けた。

 古海くんが握った手にぎゅっと力を込める。


「絶対、取り戻そうね、神崎さん」

「……うん!」


 そうだ、取り返さなきゃ。

 お母さんも、古海くんが本当は受け取るはずだった、なんの変哲もない日常も。






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