第31話 彼らは話し合う
作戦会議。
なんだかいよいよ戦いに行くんだなという気がして、私はぎゅっと眉間に力を入れた。
「さて、作戦会議にあたって、一つ重要なことを琥珀くんに聞いておく必要がある」
「は、はい! なんですか!?」
「待って響さん、なんかすごく嫌な予感がする。何聞こうとしてる?」
古海くんがこわばった声で制止する。
響さんは何故か重々しく頷いた。
「そうだな、ニコくんに後で一発、イサーンに後で三発ほど殴られるのは覚悟の上で聞こうと思っている」
「本当に待って」
古海くんが食い気味に待ったをかける。表情はあまり変わっていないけど、顔がちょっと青い。
古海くんは珍しく少し言いよどんで、けど最終的に、意を決したように響さんに向かって言った。
「自覚がないときの響さんもヤバいけど、自覚があるときの響さんはなおヤバい。本当にやめて。僕を通して」
「だが、手間だろう」
「手間をかけるのがコミュニケーションなんだってニコ姉が言ってたでしょ! いいからチャットか何かで僕に教えて!」
すごい剣幕だ。口を挟めない。
私が唖然としている間に、響さんは少し唸りながら片手でスマホを操作した。ややあって古海くんが自分のスマホを見て、黙り込む。
「こ、古海くん……?」
確実に五秒は黙った後で、古海くんは額に手を当て、天を仰いだ。スーーーーーーーッ……と深く息を吐いたかと思うと、そのまま動かなくなってしまう。
「えっと、あの?」
「おい、この沈黙はなんだ、蓮」
「響さんは本当に黙ってて。ああもう……助けて、ニコ姉……!」
あの古海くんが誰かに助けを求めている……!
静かに衝撃を受けながら、平然としている響さんを見る。この人、本当にすごい人かもしれない。
その後、きっかり十秒経ってから、古海くんはものすごい勢いでスマホを操作し始めた。フリック入力、上手だね……
どうやら響さんに何か送ったらしく、軽やかな通知音の後に、響さんが自分のスマホを見て怪訝そうな顔をした。
「響さん、こうやって聞いて」
「は……? いや、だが……」
「いいから、こうやって、聞いて」
いつの間にか古海くんは目をかっぴらいていた。瞳孔の開ききった目で、射殺しそうなほど強く響さんを見ている。
バックミラー越しでもその圧が伝わったのか、響さんは押されるように頷いた。
「……分かった。なら、琥珀くん、改めて聞いてもいいだろうか」
「は、はいっ」
私は姿勢を正した。なんだかよくわからないけど、とんでもないことを聞かれるのは分かっている。古海くんが幽霊以外にあんなに圧を出すことなんてない。
果たして、響さんは口を開いた。
「君は、既に第二次性徴が来ているか?」
「………………はい?」
素っ頓狂な声が出た。
第二次性徴……第二次、性徴?
それって、なんだっけ?
咄嗟に古海くんを見ると、彼は自分の太ももに両肘をついた状態で指を組み、手の甲を額に当てて沈黙していた。本当に言った……という声が聞こえてきそうだ。
私はというと、単純に混乱していた。第二次性徴ってなんだっけ? 聞いたことはあるような気がする。
でも、あんまりにも見たことない様子の古海くんに聞くのは躊躇われて、私はスマホで検索をかけた。
そして、古海くんがどうしてそこまで慌てていたのかを知った。
「っ、もしかして生理のこと聞いてますか!?」
「言っちゃうんだ、神崎さん……」
「濁した意味がなくなってしまったが、まあ、そうだな」
流石の響さんもちょっと気まずそうだけど、私の気まずさはその比じゃない。だって隣に好きな男の子がいるんだよ!? ていうかその情報、本当に必要!?
でも、響さんはずっと真剣な顔をしている。私も、ふざけてこんなことを聞くとは思えなかった。
ちらりと古海くんを見て、まだ俯いているのを確認する。これはもしかして古海くんの気遣いかもしれない。
私はバックミラーを見つめながら、顔から火が出そうなほど恥ずかしいのを堪えて、ふるふると首を横に振った。
瞬間、響さんが心底安心したように息を吐く。
「そうか。であれば、懸念要素は減るだろう。君は、初声賢とやらには積極的に狙われない」
「え?」
「おぞましいことを言うが、君には当然、君の母親の血が流れている。なら、かの男が神降ろしの『母体』として……つまり、近親相姦の対象として見なしてもおかしくない。俺はそれを心配していた」
瞬間的に、ぞわっと全身に鳥肌が立った。そうだ、お母さんが「そういう意味」で狙われているのなら、私も狙われなくちゃおかしいのだ。
つまり、古海くんのお母さんを犯して、殺して、私のお母さんを攫った人と……
「いい加減にして響さん」
そのとき、古海くんがドスッと響さんの脇腹を指で突いた。明らかに肋骨の間にねじ込むような動きだ。私はぎょっとする。
「デリカシーってものを投げ捨てないでもらえる? 必要だったらなんでも聞いていいと思ってるでしょ」
「運転中だぞ……だから最初に謝っただろう。俺とて必要でなければこんなことは聞かない。緊急事態だからだ」
「ニコ姉に聞いてもらうとかいう手があったでしょ!」
「昨日のニコくんに言って、聞いてもらえると思うか?」
「知らないよ!」
ここまで古海くんが声を荒らげるのも珍しいけれど、私はそれどころではなかった。古海くんの手をガシッと掴む。
「古海くん! 古海くんそれ痛い! 見てるだけで痛いよそれ! やめよう! 暴力良くないって言ったよね!?」
「大丈夫だよ、響さんは痛くないから」
え、とバックミラーを見ると、涼しげな顔をしている響さんと目が合った。肉を抉るような動きで指がめりこんでいるのに、響さんは自分の脇腹をちらりと見ただけで運転に集中している。
「まあ、そういうことだ。作戦を立てるためにも現状確認は必須とはいえ、悪いことを聞いたな、琥珀くん。代わりに俺のことも教えよう」
響さんは淡々と言った。
「俺は先天性の無痛症だ。簡単に言うと、体に痛覚が存在しない。痛みを一切感じることがなく、そのせいで生傷も耐えないし、身体感覚が曖昧だ。力加減も未だに分からないが、そのぶん、死ぬ直前まで動くことができる」
私はぽかんと口を開けた。響さんが苦笑する。
「もちろん、本当に死ぬ直前まで動いたりはしない。流石に今までの人生で、自分がどれだけ血を流したら危ないかくらいは学んでいるし、痛みを感じなくても違和感で怪我には気づけるようになった」
片手をひらりとかざす。そこには無数の傷跡が刻まれている。
「これらはほとんど、加減を覚えていなかった頃についたものだ。まあ、いくつかは最近のものもあるが……それは仕方がない。痛みを感じる者よりも前に出るのは当然のことだし、それゆえに傷がつくこともままある」
「それは……大丈夫なんですか……?」
「幸運なことに俺はだいぶ丈夫でな。死にかけたことは……ないではないが、ほとんどない」
本当かな……?
私はじとっと響さんを見た。この人、骨が折れても「まあ命に別状はない」とか言ってそうなんだよね。
「待て、琥珀くん。なぜそんな目をする」
「まあ、響さんの日頃の行いのせいだよね」
「琥珀くんとは会ってまだ二週間も経っていないが!?」
「会って二週間の人にも分かるくらいの異常性ってことだよ」
古海くんが急に饒舌になった。やっぱり、響さんのこと突っついてるときは生き生きしてるなあ。
「ともかく、単純な身体能力なら俺は結構強いし、丈夫だ。とりあえずは盾役として努めよう」
「なら、僕は攻撃手ってことだね」
古海くんはうっすらと笑って、手をぐぱぐぱと握った。
「昨日、コツを掴んだから、いけると思うよ。自分を台風の目にすればいいって分かったからね」
「感情の制御を怠るな、蓮。二年前に比べたらお前はずいぶん落ち着いたが、天候を自由自在というわけにはいかないだろう」
「大丈夫。神崎さんがいるから」
えっ、と声が出た。私?
古海くんは私を真っ直ぐに見て、手を差し出してくる。
「神崎さん、手を握ってみてもらえる?」
言われるがまま、私は古海くんの手を握る。すると、古海くんはどうしてか、心底嬉しそうに笑うのだった。
「うん、大丈夫そう。神崎さんがいると、自分の輪郭が分かるから」
「そうなんだ……?」
なんだかよく分からないけれど、これくらいで古海くんの助けになれるなら、私は全然構わない。
いや、ごめん、嘘。めっちゃ心臓バクバク言ってる。どうしよう。私もしかしてずっとこうしてなきゃダメ?
「なら、あとは君の立ち位置だな、琥珀くん」
私の心なんていざ知らず。バックミラー越しに、響さんが私を見た。




