第30話 彼らは走り出す
あのあと、ニコお姉さんはこっそり自分の部屋に戻っていった。私も余計なことは言わずに着替えて、古海くんたちと一緒に家を出ることになった。
響さんは車も運転できるみたいで、私は後部座席に古海くんと一緒に乗り込む。
イサーンお兄さんは家から出ずに見送ってくれた。ニコちゃんが起きるかもしれないから、と言っていたお兄さんの目はあんまり見ないようにしてしまった。私って嘘をつくのがそんなに上手くないから……ゆかりちゃんにも「目が全部語ってる」と言われてしまうくらいだし。
車が発進して、どんどん小さくなる古海くんの家を横目に、私はドッグタグに合言葉をかける。
「いあ、いあ、はすたあ」
ヴゥン、と地図が立ち上がった。古海くんが、興味深そうにそれを見つめる。
「神崎さんのお父さん、多分、星螺村の人じゃないよね? あの村ではこういう技術は嫌われてたから」
「あ、うん、迷って村にたどり着いて、そこでお母さんと出会ったんだって」
そんなドラマみたいなことありえないと思っていたから、半分くらい嘘なんじゃないかと疑っていたけど、今思うと本当だったのかも。
古海くんもあっさり頷いた。
「あの村、周りがそういう立地になってるんだよ。よそ者が怪我して迷い込んだところで、生贄にするんだ」
「えっ!?」
びっくりするような言葉が飛び出てきて、私は固まってしまった。古海くんは相変わらず平然とした顔で、ドッグタグをしげしげと見ている。
「あの村の目的は、神降ろしだからね。神の子を産む以外にも、生贄に神を降ろす実験とかはしてたよ。僕はあんまり迷い込んできた人には会ったことないけど……ああでも、古海さんが村に来たのも、確か、同業者の中に迷い込んだ人がいたからだったよね?」
「ああ、そうだな」
言いながら、響さんは目線と指の動きだけで「ドッグタグを貸してくれ」と伝えてきた。古海くんがドッグタグを渡すと、響さんはマップを見つつ運転を進める。
「俺の同業……同業というか、研究者繋がりで知り合った人物なんだが、家鳴真事という女性がいるんだ。これがまた、なんというか、怪しげな村にフィールドワークに行くことを至上の楽しみとしているような人間でな。それこそ何度か生贄にされかけたことがあると言っていた」
「ええ……」
私はちょっと引いた。実は昨日、寝る前に古海くんにフィールドワークの意味は聞いたのだけど、多分生贄にされるのはフィールドワークではほぼ有り得ないことだ。
「まあ、その真事くんが、いつものようにフィールドワークに行った先で相当迷ったらしい。そうして、最終的に行き着いたのが星螺村で……そこでどうやら、蓮と会ったんだそうだ」
「えっ」
「神事の後にね。動けない僕を見て絶句してた。真事さんはそのまま僕を逃がそうとしてくれたけど、賢さんに見つかっちゃってね」
賢さん、というのは、お母さんをさらった男の人だ。そして、古海くんを虐待していた人でもある。
顔を青くした私に向かって、古海くんが安心させるように笑った。
「大丈夫。どうにかこうにか、僕が手助けして、あの人だけ逃げてもらったから」
「そうしてどうにか帰ってきた真事くんから、俺に話が回ってきたわけだ。自分は既に疑われていてあの村に入り込めないだろうから、どうか蓮を助けてやってくれないかとね。それが二年前だ」
なるほど、そこに繋がるんだ。
私はほっとした。古海くんを助けてくれようとした大人が、響さんの他にもいたのだ。
「後にも先にも、あんな殊勝な真事くんは見たことがなかったな。いつも自分から怪しい祠とかに突っ込んでいって、よく一緒にいる後輩に泣きながら怒鳴られているような人間なんだが」
「それは響さんだって似たり寄ったりでしょ」
「俺は怪しい祠を急にハンマーでかち割ったりはしない。まずは地主と交渉をする」
「どっちもどっちだよ」
古海くんは平べったい目をしてため息をついた。
「ともかく、やっぱりすごい技術なんだと思うよ、そのドッグタグ。電波がほぼ届かない土地だって多いのに、正確に神崎さんのお母さんの居場所が分かるんだから」
「そうだな。おそらくは電波や衛生経由ではない、魔術的な技術が応用されているんだろう」
そういうものなんだ……
私には全然分からない話だ。とにかく、お母さんが無事ならそれでいい。
手元でドッグタグを観察しながら、響さんが呟く。
「昨日とは違って、点が動いていない。おそらく目的地に着いたんだろう。見る限り星螺村ではないが……東北であることには変わりがないな。まあ、東北のほうが拠点を見つけやすくて都合がいいというのは分かるが」
「東北には、他にも同じような村があるんですか……?」
背筋が冷える。近親相姦で子供を産ませて、その子供を殴るような村が、他にも?
「いや、流石にそこまで条件の合致した村が日本にいくつもあるわけじゃない。どこかの村落に身を寄せているんだろう。結局、東北は土地がいいからな」
「土地がいい……?」
「都市部から離れれば離れるほど、自然が多ければ多いほど、神に近づける土地は増えるんだよ、神崎さん」
古海くんが口を挟む。
「特に東北と、僕の父である神の相性は良かったんだと思う。僕も伝え聞いた話しか知らないけど、かの神はただの嵐ではなく、猛吹雪を起こすことが多かったらしいんだ。そういう神を信仰するなら、南よりは北の人たちだろうね」
「そう、なのかな……?」
不思議な話だ。確かに東北地方なら、猛吹雪だって起こるだろうけれど、それは人の命を奪うもののはずだ。嫌いになったり憎んだりすることはあっても、信仰することがあるんだろうか?
「恵みをもたらすだけが神ではないからな。環境が過酷な土地の人間ほど、恐れをもたらす存在を神と崇めてひれ伏すこともある。神は恐ろしいものだが、慈悲を与える存在でもある、という共通認識があるんだろう」
急に難しい言葉が出てきて、私はぽかんと口を開けた。古海くんが呆れたように響さんを見る。
「響さん。専門家の悪い所が出てる」
「何?」
「つまりね、神崎さん。恐ろしい存在に対して『私たちはあなたを神として敬います。だから私たちを守ってください』って願うことで、神様に恵みを与えてもらおう、っていう信仰の形もあるんだよ」
「蓮、それは割と乱暴な理論だぞ」
「響さんの説明じゃ分からないから噛み砕いたんだよ」
……なんとなく、掴めた気がする。
つまり、神様っていうのは優しくて、私たちを助けてくれるものばかりじゃないということだ。なんとなく、優しい神様のほうが多いんじゃないかと思っていたけど、よく考えたら古海くんのお父さんだって、起こると天災を呼ぶのだ。十分怖い神様だと思う。
そういう神様しかいない場所で生きていこうと思ったら、恐ろしいと思っても、その神様を信仰するのが一番いいのかもしれない。
「なら、なんで、古海くんは殴られてたの……?」
納得したら、余計に怖くなった。天災を起こす神様が怖くて信仰していたんだとしたら、古海くんを殴っていたことの異常さが際立つ。
古海くんたちの言うような信仰の形があったとして、普通は「吹雪を起こさないでください」と願うはずだ。なのに実際は、古海くんを殴って、わざと天災を起こそうとしていたのだ。
すうっと血の気が引いていく。古海くんはそんな私を見て、ゆるゆると首を横に振った。
「普通はね、定期的に暴風雨や猛吹雪を与えてくる神様を信仰するなら、恐れ敬う、というのが普通なんだけど……賢さんは、ちょっとイカれてるからね」
「たまにいるな。暴力的な側面のある神を見て、その暴力性に魅入られる人間が。まさに狂信者と言える」
あまり感情を見せない響さんが、嫌悪感をあらわにしていた。
「狂信者というのは厄介だ。目的のためならなんでもする。よく分からない生き物を連れていたというのも、手段の一つだろう。星螺村にそんな生物がいたとは記憶にない」
「うん、口から触手が生えてる人間なんて、あの村にはいなかったよ」
そうだ、それがあったんだった。
あの学ラン姿の男の人は、一体何だったんだろう?
響さんがバックミラー越しに私たちを見ながら、重々しく頷いた。
「それも含めて、作戦会議だ。蓮、琥珀くん」
友情出演・家鳴真事です。彼女は前作の「因りて異形の怪を討て」の中に出てくるキャラクターですが、前作の十年後くらいをイメージしています。十年経っても怪しい祠はハンマーでかち割っている……終わりですこの女は。
ちなみに、前作を知っている人に裏話をすると、壊滅した星螺村を買い取った好事家というのは犬神真偽です。




