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第26話 少年少女は約束をする


「神に近く……なるの?」

「分からない。ひびきさんが言うには、そうなる可能性もあるって。神と人の合いの子だからね。何かのタイミングで、強制的に神に近づくかも」


 少しだけ、背筋が冷えるような感覚があった。それって、古海こかいくんが人間ではなくなってしまうということなんじゃ……


「ただ、僕は完全に神の子というよりは、人同士の子供の中に、神の要素が入っているって感じだから、どうなるか分からないけど」

「ど、どういうこと?」


 古海くんは少しだけ難しそうに眉を寄せて、あごに手を当てた。どう説明したらいいのか、考えているみたいだった。


「一応、遺伝子的には人なんだよ、僕。近親相姦きんしんそうかんで生まれただけの子だからね。聖母せいぼマリアみたいに、父親がいない状態で、勝手に母親が妊娠したわけじゃない」


 聖母マリアっていうのが何かはよく分からなかったけど、とりあえず私は頷いた。


「あの村で信仰されてた神様は、なんていうか、近親相姦にひっぱられて、神の要素を子供に授けてくれる、みたいな感じだったんだと思う。だから、僕は正確には『神の力を受け継いだ器』なんだ。神が僕をただの息子として扱うか、自分の力を使える器として扱うかが、まだ分からない」

「えっと、つまり……?」


 よくわからなくて首をかしげると、古海くんは少しだけ目を伏せて言った。


「多分、神が僕を器として見たとき、僕は、ほとんど神と同一になる。人の形をしていて、神と同じ力を扱える人間は、神の器として最適だろうから。あの村で神の子を産もうとしてたのは、神の依代よりしろを作るためでもあったんだ」

「それって……古海こかいくんが神様に、乗っ取られる、ってこと……?」

「分からない。けど、僕は感情が高ぶると『そっち』に近づくみたいだって、ひびきさんが言ってた。すぐに気づいて戻れるから、今はあんまり問題ないけど……」


 目眩がした。それは大問題って言うんじゃないのかな……!?

 でも、確かに、お母さんがさらわれたときの古海くんは少しだけ怖かった。あれはきっと怒っていたし、悲しんでいたんだろう。けどまるで、いつもの古海くんじゃないみたいで。


 じゃあやっぱり、いつかは古海くんが、古海くんじゃなくなる……?


「まあ、そうなったら、幽霊なんて絶対に近寄ってこなくなるだろうね。あいつらは本能的に、自分より上位の存在を避けるから」

「い、嫌だよ、そんなの!」


 私は古海くんの腕をがしっと掴んだ。


古海こかいくんは古海こかいくんだよ! 神様じゃない!」


 古海くんの目が、はっきりと見開かれる。薄い唇がぽかんと開いて、少し並びの悪い歯が見えた。

 あ、ちゃんと人間だ。

 咄嗟にそう思った。そうだ、古海くんは人間だ。だってまだ、ちゃんと驚いてる。


 まだ?

 ……まだって何?


 考えを振り払うように、私は叫んだ。


「今までも、この先も、古海くんは神様にはならないよ! 古海くんだって、あのおじさんにカミサマって呼ばれて嫌そうだったし……え、嫌だったよね!?」


 全身が心臓になったんじゃないかというくらい興奮していた。頭の奥で、心臓の音に合わせてがんがんと鳴る音がする。


「別に神様になること自体は問題ないとか、そう思ってるわけじゃないよね!?」


 古海くんが、私の勢いに押されたように頷く。


「い、嫌だよ」

「そうだよね!?」


 ダメだよ、びっくりしてるよ、と冷静な私が言った。

 分かってるよ、と冷静じゃない私は言った。

 分かってるよ。分かってるけど、怖いんだよ。当たり前じゃん。


「じゃあ、神様になるかもとか言わないで……」


 だって、私の好きな人、消えちゃうかもしれないんだよ。


 どこにも行かないでほしかった。手が届かなくても、言葉が届かないようにはなってほしくなかった。

 古海くんの肩にひたいを押しつけて、私はただ「行かないで」と願うしかなかった。よく考えたらひどい話だ。神様にならないためには、古海くんは、ずっと心を殺さなくちゃいけない。

 それは、古海くんの心がどうしようもなくなったときに、怒れもしないということだ。


 私は、そんなことを願わなくちゃいけないのか。


 本当に、ひどい話だった。私が代わりに怒ったって、それは、本当の代わりにはならない。だって、古海くんが怒っていることを一番理解できるのは、やっぱり古海くん自身なのだから。

 心を殺すか、心をなくすか。

 その二つしか選べないのだとしたら、本当に、あんまりだ。


「……神崎かんざきさん」


 古海くんの手が、おずおずと私の背中を撫でた。手を繋いだことも、抱きしめてくれたこともあったはずなのに、撫で方がややぎこちない。


「僕は、神様にはならないし、なりたいとも思ってないよ。それに、響さんがね。僕は学校に通うようになってから、ずいぶん、感情の制御が上手くなったって」

「……それは……」


 それは、いいことでは、ないはずだ。

 怒りも悲しみも押し殺して、その先にあるのは心を殺して壊れた人間だけだ。私にはそれが正しいことだとは到底思えなかった。

 正しいことなんだとしたら、この世界はあまりにも古海くんに優しくない。


 けれど、古海くんはゆっくりと私の肩を掴んで、顔を上げさせる。

 彼はちょっと口角を上げて、笑っていた。


「響さんが言うには、感情の制御をするには、感情を学ぶのが一番だって。何が楽しくて、何が嫌で、何が悲しくて、何に怒るのか、一回きちんと体に染み込ませないといけない。そのために学校に行けって言われたんだよ」

「学校に……」

「そう。友達を作れって言われた。人の反応を鏡として、感情を学んで、自分の中に入れ込むのが一番なんだって。もちろん、そう簡単に行くとは思ってなかったけど、僕の場合は神崎さんが教えてくれたからね」

「え、私?」


 予想外に名前を呼ばれて、目を丸くした。私、なんにもしてないけど……


「神崎さんは、僕が怒ってるのがすぐに分かるでしょ。僕自身でもよく分かってなかったときでも、神崎さんは分かってた」

「え、そんなの、見れば誰だってわかるよ」

「分からないよ。仮に分かっても教えてくれないと思う」

「そんなこと……」


 ……いや、まあ、そうかもしれない。

 よく考えると、転校直後の古海くんの評判は「よく分からない人」だった。怒ってるのか笑ってるのかも分からないような人だったから、私以外の人はほとんど近づいてなかったし、ゆかりちゃんだってしばらく警戒していたのだ。

 あれ、これってもしかして、おかしかったのは私?


「嬉しかったよ、僕は」


 古海くんが私の手をぎゅっと握る。


「嬉しかった。あれが嬉しいってことなんだって、僕は神崎さんを見て初めて知ったんだ」


 何を言われたか一瞬分からなかったけど、すぐに染み込むように意味を理解して、カッと顔が熱くなった。

 やばい。好きな人に言われて無事じゃない言葉第一位すぎる。

 古海くんは私の心が嵐にさらされていることには全く気づかないまま、私の手を握って続ける。


「響さんも言ってた。感情を制御するには、とにかく感情を出して、理解して、自覚しなきゃいけないんだって」


 古海くんが、私を見た。

 私も、古海くんを見ていた。


「神崎さんが、全部教えてくれたんだよ」


 胸の中心で、心臓が息を止めたような気がした。古海くんが見たこともないような優しい顔で笑っている。


「神崎さんのおかげで、僕は、自分が何を好きで、何が嫌いで、何に怒って、何に悲しむのかを知ったんだ。だから、僕は神様にはならないよ」

「……本当に?」

「本当に」


 あんまりはっきり言いきられるものだから、私は拍子抜けしてしまった。鳥って空を飛ぶよね、とでも言うような、当たり前のことを言ったみたいな顔をしている。


 ……本当に、神様なんかに、ならなくてすむ?


 分からなかった。だって私は、本当に、なんにもしていないのだ。なんなら、私のほうがよっぽど助けてもらっているのに。

 それでも、古海くんの笑顔が嘘じゃないことくらいは分かってしまうから、ますます混乱した。


「古海くん、お願い」

「うん? 何?」

「だ……大丈夫、って、言って」

「え?」

「だ、だから、その、大丈夫だよって、言って……」


 言葉の後ろがかぼそく消える。

 何言ってるんだろう、私。

 こんなの、ただのわがままだ。ありえない。来年にはもう中学生になるっていうのに、好きな男の子にすがりついてわがままを言っている。


 自分の浅ましさが嫌になった。自分が自分でなくなるかもしれない古海くんのほうが怖いに決まってる。誰かに大丈夫って言ってもらいたいはずだ。なのに、私は、


「大丈夫だよ」


 息を呑む。

 それはあまりに、望んだ通りの言葉で。


「神崎さんがいるから、僕は、ずっと大丈夫だよ」


 今度こそ、心臓が止まったんだと思った。


 ああ、そうだ。

 古海くんはそういうふうに言ってくれる人だって、私は、ずっと前から知っていたじゃないか。

 なんにもできない私が、それでも何かできるんじゃないかって思えるくらいの信頼を、まるでお菓子でもあげるように投げてくる。

 だから私、この人を好きになったんだ。


「分かった」


 返さなければいけない。あたたかな信頼を、あまりも無防備に手渡してくるこの人に。


「古海くんが神様になりそうになったら、私が怒鳴って止めるね」


 目の前の互い違いの瞳が、ゆっくりと見開かれる。


「だから、古海くんは絶対に、大丈夫だからね」


 ぎゅっと握った手が、ほんのちょっとだけ震えたような気がした。

 古海くんはぽかんと口を開けて、少ししてから、すごく嬉しそうに笑った。


 多分、そのときの笑顔を、私は一生忘れないだろう。

 人の体温と一緒に眠る夜は本当に久しぶりで、私はすんなりと眠りに落ちた。

 ずっと、古海くんの手だけを握っていた。


同衾(CP同士が何もせず一緒にただ眠ること)が好きすぎて毎回作品のどっかしらで同衾させている気がします。今回も実績解除です。


こういうシーン好きな人に届いていたらいいなと思いますね……ともかく、ここまで読んでいただきありがとうございます。面白かったら、ブクマや星などつけていただけると励みになります。

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