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第24話 少年少女は守られている


「うん、まあ、ひびきさんに保護者の才能はないね」


 あっけらかんと、古海こかいくんまでそんなことを言う。響さんは目を白黒させていて、ニコお姉さんが胸を張った。


「ほら、れんだってそう思ってる!」


 ふふん、と言い張るニコお姉さんはすごく可愛かった。イサーンお兄さんも穏やかに彼女を見ている。さっきからちょっと思ってたけど、イサーンお兄さんって多分、ニコお姉さんに激甘だ。


「お、俺が保護者じゃなかったら、ニコくんと蓮はなんなのだという話になってしまうだろう……」

「そりゃ、法的な後見人は古海さんだけど、そういうことじゃないの。だってどう考えても、わたしたちのほうが古海さんのお世話してるもん」

「そうだね。ニコねえが毎日、響さんのためのご飯作って、古文書こもんじょの解読に夢中になってる響さんを僕がリビングまで引きずってきて、どうにかご飯食べさせてるよね」

「いやそれは、古文書こもんじょ関係は早く内容が判明するに越したことはないからであって、俺だって抜きたくて飯を抜いているわけでは……」

「そういうところが保護者じゃないって言ってるの! 蓮の教育に悪いっていうのを全然わかってないでしょ!」

「すぐに色んなところに体ぶつけるし、気づいたら怪我してるし……響さん、目を離したら死んじゃうんじゃない?」

「俺は赤子か?」

『動かないぶん赤子のほうがマシ!』


 ニコお姉さんと古海くんが同時に叫んだ。すごい。息ぴったり。血は繋がっていないって聞いていたけど、やっぱり家族なんだ。

 唖然あぜんとして固まる響さんの前で、古海くんは肩をすくめた。


「まあでも、確かに、響さんが連れて行ってくれるのが一番無難(ぶなん)かもね。僕ら、まだ子供だから、どうしても二人だけで遠くへは行けないし。響さんは車の運転ができるし」

「俺のことをただの移動手段だと思っていないと出てこない発言だな、蓮。いやまあ、別にいいんだが……」

「ちょっと、二人で勝手に話を進めないで!」


 ニコお姉さんはまだ目を吊り上げていたけれど、イサーンお兄さんがその肩に手を置いて、ふるふると首を横に振る。


「ニコちゃん、こうなったら聞かないよ、古海さんは」

「イサーンくん、でも……」

「古海さん、言葉はいつも穏やかだけど、全然引いてくれないからね。分かってるでしょ? 古海さんって『何を言われてもやる』って心の中で決めると、本当に人の話を聞かないんだよ」

「おい待て、イサーンまで悪口か?」


 イサーンお兄さんは顔色ひとつ変えずに肩をすくめた。あ、今のちょっと古海くんに似ている。


「事実でしょう。話を聞いてくれそうな雰囲気を出してはいるのに、折れてくれたことがなくて、ちっちゃいときのニコちゃん泣かせてたじゃないですか」

「ニコ、泣いてない!」

「そうだ、ニコくんは泣いたりしない」

「二人して記憶捏造(ねつぞう)するのやめましょうね」


 なんだか、やっぱりこの家の保護者ってイサーンお兄さんなんじゃないかな……

 三人がわちゃわちゃしているのを横目に、古海くんが私の手元を覗き込んだ。


神崎かんざきさん、あんまりご飯食べれてないね」

「え!? あ、えと、ごめん、私……」


 せっかく用意してもらった食事も、ほとんど手をつけられていなかった。食べたい気持ちはあるのに、喉とお腹が言うことを聞かないのだ。

 でも、古海くんは不思議そうに小首を傾げた。


「? なんで謝るの? ニコねえなら怒らないよ。響さんがご飯残したらカンカンだけど」

「そうなんだ……」


 目に浮かぶなあ……と思っていると、古海くんが何かを考え、そのまま私の手を引いた。


「神崎さん、ココアなら飲める?」


 私はぱちぱちっと瞬く。ココアを頭の中で想像してみる。


「飲める……かも。食べ物はちょっと難しいけど、飲み物なら……」

「じゃあ作ろう。どうせあっちはまだしばらく話し合いが続くよ」


 言われて覗いてみれば、確かに結構ヒートアップしていた。特にニコお姉さんが、どれだけ響さんの世話が大変かを遠慮なく並べ立てている。イサーンお兄さんは困った顔をしているし、響さんは何がダメなのか本当に分からないという顔をしている。

 もしかして響さんって、人の話を聞かないんじゃなくて、普通の人と思考回路が全然違うんじゃないかな……


 そう思っているうちにキッチンへ案内され、マグカップとスプーンを渡される。古海くんは手際よく牛乳を小さな鍋で沸かしはじめた。その間に戸棚から、薄い薄い、クラッカーみたいなクッキーを取り出す。


「それ……」


 私は目を見開いた。そのクッキーは、私がいつもココアに乗せているものと銘柄めいがらが一緒だったのだ。

 古海くんがちょっと笑う。私の家で初めて一緒にココアを飲んだとき、古海くんが驚いた理由が分かった気がした。


「これ、母さんが好きだったクッキーなんだ」

「古海くんの、お母さん……」

「そう。あんまり覚えてないけど、たまにこっそり僕にココアを飲ませてくれて……そのときに、ココアの上にこのクッキーを乗せてた。今思うと多分、初声はつせの家では定番の飲み方だったんだろうね」

「……そっ、か」


 急に、頭の中のもやが晴れたみたいな気分だった。

 そっか、偶然同じ飲み方だったんじゃないんだ。

 私のお母さんと、古海くんのお母さんが姉妹だったから……だから私たち、同じココアを知っているんだ。


 じんわりとした嬉しさと、なんとも言えない悲しみが胸に広がる。少し静かになったキッチンで、私はうつむいた。


「私、星螺せいら村にいれば良かったな……」

「え?」

「だってそうしたら、古海くん、一人じゃなかったはずだから……」


 一緒に同じココアを飲んで、こんな村、大人になったら逃げ出そうねって笑って、一緒に助け合えたなら。

 古海くんの傷の手当ても毎日して、一緒に励ましあって。そうしたら。

 もしかしたら、こんなことにはならなかったんじゃないかって、思ってしまうのだ。


「それは違うよ、神崎さん」


 思ったよりも強い言葉が返ってきて、私はふと顔を上げる。

 真剣な表情で、古海くんは私を見ていた。


「もしあの家にいたら、神崎さんのお母さんだって、どうなっていたか分からない。神崎さんも、生まれていなかったかもしれない。あの家では、血の繋がった人間以外との交わりはほぼ許されていなかったし……」


 少し嫌そうに眉をひそめて、古海くんが言う。


「それに、どっちにしたって、きっと母さんは殺されてた。あそこに神崎さんがいたらと思うとぞっとするよ。僕は、怒りを制御できずに、神崎さんのことも殺していたかもしれない」

「そ、れは……」


 殺意を語るにはあまりに静かな声だった。感情の殺し方を、よく知っている人の声だ。だから、私は余計に悲しかった。そんな道しか渡されなかった古海くんのそばに、ただいることすら許されなかった運命が。


「これで良かったんだ。神崎さんのお父さんとお母さんが、神崎さんを助けてくれてよかった。こうして出会わせてくれて、僕は本当に嬉しいんだよ」


 沸き立つミルクをマグカップに少し注いで、ココアの粉を練る。


「だから、自分じゃどうしようもなかったことで、自分を責めたらダメだよ、神崎さん」


 喉の奥が詰まるような思いだった。

 それを言えるようになるまで、古海くんはいったい、どれほど傷ついたんだろう。どれだけ泣いて、怒って、叫んで、涙を枯らしたんだろう。

 どうしてこんなに優しい人が、こんな目にわなくちゃいけなかったんだろう?


「神崎さん?」


 古海くんが、マグカップに牛乳を注ぎながら、私を気づかうように見た。湯気を立てるココアの上に、私は無言でクッキーを乗せる。

 それらが全部ぼやけて、上手く見えなくなってしまった。


「神崎さん、今日、ずっと泣いてるね」


 古海くんが、私の目元を袖で拭う。ぬれるよ、と言おうとしたのに、私ののどからはなんにも声が出ない。

 私は泣きながらココアを飲んだ。家で飲むココアと同じ味がして、また泣く。古海くんは、そんな私の目元をずっと拭っていた。


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