第23話 少女には■■の加護がある
前回に引き続き、今回もだいぶクトゥルフ要素あります。
ドッグタグから光の筋が真上に向かって伸びる。そのまま、何も無い空間に、スクリーンみたいに絵が固定された。
「ち……地図?」
地図アプリとかでよくある、道だけがうねうね示されたマップだ。建物はどれも四角で構成されていて、街並みなんかはよく分からない。
その中に、真っ赤な一つの点がある。ぴこん、ぴこん、と定期的に光って、動いているのだ。
急に出てきた映像に全員が驚いた瞬間、響さんが跳ねるように立ち上がった。そのまま食い入るように映像を見つめ、薄い笑みをその口に浮かべた。
「琥珀くん、すごいぞ……! おそらくそれは、何かしらの発信機を探知するための装置だ」
「は、発信機?」
「そうだ。しかもこの点は……速度から考えて車か何かに乗っている……北上している! 琥珀くん、この点が示すのは君の母親の位置かもしれないぞ」
「へっ!?」
響さんはテーブルサイドに置いてあったタブレット端末を手に取って、軽やかに操作した。
「ここだ。おそらくマップのこの部分と合致する」
全員が覗き込んだ先、端末に、日本のどこかのマップが表示されていた。確かにそれは、手元のドッグタグから出ている映像と同じものだった。違うのは、ドッグタグから出てくる映像には、光る点があるということだけ。
「おそらく君の母親は、何らかの形で発信機を常に身につけているんだ。その位置を、このドッグタグで割り出せるようになっている」
「お、お父さん、いつの間にお母さんにそんな……」
ちょっと怖くなってきた。発信機って、つまりGPSってことだよね? いや、お母さんの居場所が分かるのは、本当にありがたいんだけど。何せお母さんのスマホは、位置情報の共有を警戒したのか、家に置きっぱなしにされていたし。
「それにしても、こんな小型の探知機は見たことがないな。しかもおそらくその『合言葉』は、唱えるのが琥珀くんでないと反応しない仕様になっている」
私は目を丸くしてドッグタグを見た。そんなことができるんだろうか?
「魔術と科学の融合……といったところか。どちらも高度なものだ。生半可な魔術師や技術者にできることではない。君の父親はおそらく、相当高度な魔術に精通していたんだろう」
私はぽかんと口を開けた。お父さんが?
とっさに「そんなわけない」と否定しようとして、私はふと動きを止める。
お父さんのことは、私が五歳のときに死んだと知らされたきりだ。お葬式もなかった。気づいたら家には小さな仏壇が増えていて、それ以外のことは、私は何も知らない。
五歳なんだから、覚えてる記憶だって本当にささいなものだ。もう、顔も、何を言われたかも、覚えていない。
覚えていないはずだった。なのに突然、私はお父さんが何を言っていたのか、私と何を約束したのか、何をくれたのか、あまりにも鮮やかに思い出していた。
いつも何かに祈っている人だった。不思議なマークのペンダントをしていた。
結婚指輪の内側に、黄色い石が嵌め込まれているのを、見せてくれたことがある。
『これは、お前の名付け親である人からいただいたんだ。俺と母さんの、仲人になってくれた方だよ』
そう言って、お父さんは笑った。
『同じ指輪をお前の母さんも持っている。お前の名前にも、魔女様の加護がある。だからきっと、俺がいなくなっても、すぐにどうにかなることはないはずだ』
何を言っているのか、分からなかった。分からなかったのだ、昔は。
ただ、お父さんが笑っていたから、楽しいことを話しているのだと思って。
『琥珀。お前には巫女の血と、魔女の血が流れている。お前の声には力がある。神さえ傾ける巫女の言葉だ。お前の願いには力がある。荒ぶる神にだって届く、魔女の祈りだ』
ずっと一緒に、いられるのだと思って。
なのに。
『今は忘れなさい。思い出すべき時が来たら、お前は自然と思い出す。そのときは……何があっても、何も諦めちゃいけないよ』
頭を撫でてくれたときの優しい声が、最後になるなんて思わないよ。
「お父さん……」
ドッグタグを持ったままぼろぼろと泣き出した私の背中を、古海くんが優しく撫でてくれた。
「神崎さんのお父さんはすごいよ。これで神崎さんのお母さんを助けに行けるし、あの男もボコボコにできる」
「蓮、もうちょっと別の言い方ないの……?」
ニコお姉さんが微妙な顔をしているけれど、私は古海くんの言う通りだと思った。
お父さんは死んでから一度も、幽霊として私の前に現れたことがない。私のことなんて、死んだ衝撃で忘れちゃったのかなと思っていた。でももしかしたら、必要なことは全部、生きているうちにやってくれていたのかもしれない。
そうして、私のことをただ信じてくれているのかもしれない。
だったら、ここで泣いている場合じゃない。
私はぐいと目元をぬぐって、古海くんを見た。
「私、お母さんを助けに行く。このドッグタグが私にしか反応しないなら、私が行く」
「僕も行くよ、神崎さん。ここで一番強いの、僕だからね」
なんでもないみたいに古海くんが言う。私は笑った。確かに、嵐を呼べる人間は、一番強いかもしれない。
大人たちは全員微妙な顔をした。特にイサーンお兄さんが、硬い声で言う。
「僕は、警察に任せたほうがいいと思う。どこに行くにしたって危険すぎるよ。普通の人間じゃない人もいたんだから」
「そうだよ、蓮。口から触手生えてる高校生なんて意味が分かんないもの、相手にするかもしれないんだよ?」
「警察だったら相手にできるとは限らないよ。そもそもこれ、警察は信じてくれるの?」
これ、のところで、古海くんはドッグタグから伸びる光を指さす。声が強く、冷たくなっていく。
「響さんだって言ってたでしょ。これ、高度な魔術と技術の結晶なんだよ。警察がこれを受け入れるのに時間がかかってる間に、神崎さんのお母さんがどんな目に遭うか分からない。二年前、警察は僕のことを響さんに丸投げしてたし」
「それは……」
「最悪、おもちゃだって思われて終わりだよ。頼った先が使い物にならなくて、手遅れになったとき、一番傷つくのは神崎さんだ」
古海くんは強い口調で言い募る。
「僕には最初からろくな父親がいなくて、母さんは殺された。でもまだ神崎さんは間に合うよ。また僕みたいな子供が産まれて、神崎さんのお母さんが殴られて、殺されるかもしれないのを、黙って見てろってこと?」
「ちょっと、蓮! わたしもイサーンくんも、そんなこと一言も言ってないでしょ!」
「ニ、ニコちゃん落ち着いて……」
イサーンお兄さんがおろおろとニコちゃんの肩に手を置く。私も流石にひやひやしていた。優しい人たちだって分かるから、喧嘩しているのがだいぶ気まずい。
ニコお姉さんは首を横に振って、とんがった声を出した。
「イサーンくんだめ、今のはね、脅しだよ! 自分のわがままが先に来てて、わたしたちがどれだけ心配してるか分かってないんだ!」
「わがまま? 神崎さんのお母さんを助けたいっていうのが、わがままなの?」
「違う! そのために自分がどれだけ危険なことをしようとしてるのか、分かってないのがわがままなの!」
「分かった、俺が二人を連れていこう」
すぱん、と響さんの声が割って入った。
「琥珀くんのドッグタグと蓮の力が必要なのは事実だし、ちょうどいいだろう。俺が二人を連れていく」
すると、ニコお姉さんがぱかっと口を開けた。
「古海さん、本気で言ってる……!?」
「俺は冗談を言ったことがないと思うが……」
「そういう問題じゃない! 古海さん、保護者の才能ゼロでしょ!」
響さんがびたっと動きを止めた。目を見開いてニコお姉さんを見ている。
……なんか、話の流れが変わった気がする。
ようやく主人公2人の過去が出せました!本当にろくな目に遭わせていなくてすみません。絶対に幸せにします。
ちなみに、分かる人は分かるでしょうが、琥珀の父親はとある神を信奉する組織の人間であり、琥珀が産まれたのをきっかけにおそらく組織を辞めています。琥珀への名付けは上司からの餞別です。
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