第44話 初級スキルポーション
僕が「〈初級スキルポーション〉を出品する」と口に出した直後、わずかな間、川のように流れていたコメントが、止まった。
そこで「あれ? 不具合かな?」と僕が首を傾げた、次の瞬間、
:欲しいです!
:はああああああああああああああ!?!?!?!
:うせやろ!?
:スキルポーション実物初めて見た!
:いやいやいや!いやいやいやいやいや!
:えええええええええ!?
:欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!
:やばすぎでしょ!
:買います!!
:リアタイしててよかったー!
:スキルポーションって実在してたんだ
:ライきゅん! お姉ちゃんだよッ☆
即日なら1億まで
数日待っていただければ2億までは出せます
個人的に融通してもらうことは可能でしょうか?
:うわああああ!急に落ち着くな!
:えぇ、お姉ちゃん!?
:お姉ちゃんが錯乱しちゃったぁ!
:普段がおかしいんだよなぁ
:そもそも君らのお姉ちゃんでもないでしょうが
:誰だよ!大したもの出てこないって言った奴はぁ!
:おねえちゃんが正気に戻るとか大概だぞ
:やばいyばい手が震えてkた
:まだマーケット画面開いてないもうちょっと待ってください!
:全裸待機中です!
まるで洪水のような勢いで、コメントがふたたび流れ始める。
そのほとんどはスキルポーションに対しての期待のコメントだが、
:すごくほしいですけど、自分で使った方が……
:いくらなんでも嘘ですよね?
:冷静になって! たかだか千体程度倒しただけで
スキルポーションなんて落ちるはずなくない?
:これはさすがにライン越えでしょ
:そこまでして注目されたいの?
:冗談で言っていいことと悪いことがあると思います!
:そんなウソついて恥ずかしくないんですか?
中には僕が見せたものが「スキルポーションではない」と決めつけて、攻撃的になっているコメントまであった。
「え、ええと……」
そのあまりにも過剰な反応に、僕は状況についていけずに戸惑ってしまう。
……しかし、その状況を打破してくれたのもまた、「あの人」のコメントだった。
:い、いや……
私が昔見つけたものと見た目は完全に一致している
おそらくは本物、ではないか?
:そういえばセシル様は配信中にドロップしてたな
:マジ? 裏山すぎるよー
:不憫の極みと言われたセシルさまがそんな豪運を!?
:それ見てた!
:配信で「一生分の運を使い果たした」って
言いながら号泣してたから覚えてる
:え? じゃあマジってこと?
:トリックでしょ?
:少なくとも見た目はそう 部分的にそう
:ニセモノでこの虹色出せるかなぁ?
:別に偽物だと思うなら入札しなきゃいいじゃん
:たし蟹
:オークションに出すなら分かるもんね
:ライバル減ってラッキー!
:私は信じてます!!
:わたしも!
:だから私に売ってください!!
やはり「セシル」さんのコメントによって流れが変わり、ふたたび肯定的な意見がコメント欄を埋め尽くし始めた。
それは、ありがたい。
ありがたいんだけれど、ただ、僕はいまだに、このコメントの勢いについていけていないでいた。
(――だ、だってこれ、〈初級スキルポーション〉だよ!?)
確かに「スキルポイントを増やせる」という効果は魅力的だ。
しかしこれは、飲むだけで無限にスキルポイントを増やせる魔法の薬……ではない。
「同名のスキルポーションは、一キャラにつき一回しか使えない」という縛りがあり、その中で〈初級スキルポーション〉の入手難易度は一番低い。
「初級ポーションなら別に、イベントかキャンペーン時期に真面目にやれば……ぁ」
自分で口にして、気付いた。
(そうか。この世界にはイベントも課金もキャンペーンもないから……)
この〈初級スキルポーション〉はアドサガにおけるレア枠ではあったものの、そうは言っても0から始めた初心者が数週間真面目に遊べば取れる程度のアイテムでしかなかった。
基本的にランク1のモンスターしか落とさないものの、通常のドロップ以外にも入手手段が豊富で、イベントアイテムの交換報酬や特別ログボ、課金のオマケやキャンペーンと幅広くあり、それらの入手法が安定していたからだ。
少なくとも「俺」がやっていた頃には、キャラレベルが十を超える時にはそのレベル帯のスキルポーションを使っているのが普通。
もし運悪く手に入らずに十レベルになってしまった時はスキルポーションが出やすい低レベルダンジョンで乱獲をするのが常で、次のランク帯に行きたくとも低ランクで足踏みを強いられることから「残業」なんて面白おかしく呼ばれていた。
(ゲームとこの世界の違いを意識してたつもりだったけど、無意識にゲーム基準で考えすぎてた、か?)
そう自問するが、もう一つ、僕がこの〈初級スキルポーション〉の需要がここまで高いと思っていなかった根拠がある。
「ま、待った! な、なんかすごい盛り上がってるけど、こんなに需要があるならどうして〈初級スキルポーション〉の予約待ち人数が少なかったんだ?」
人気のアイテムは品薄になり、不人気なアイテムは在庫があふれる。
これは当然の市場の論理だ。
その点で言えば、常に最高値でしか取引がされておらず、予約者が残っているこの〈初級スキルポーション〉は需要のある方の品なのだろう。
(でも……!)
東京だけで一万人、全国に広げれば数万人はいると言われる探索者人口。
しかし、明らかに「予約し得」なこの〈初級スキルポーション〉の購入予約者は、ギリギリで一万を超える程度しかいなかった。
だから僕は、「〈初級スキルポーション〉は行き渡っているものの、一部にまだ難民がいる」程度の状況だと思って、このポーションの出品を決めたのだ。
しかし、返ってきたコメントは、予想していなかったもの。
:だってスキルポーションがマーケットに出るとかありえないし……
:売るのは二個目以降だけどまず一個目を見つけるのが奇跡
:競争率やばすぎて予約する気も失せるッピ!
:これ常識かと思ってた
:あー この辺の事情は男は知らないんだ
:ならライ様はガチの男性……ってコト!?
:いやまだ私は信じない!まだ九割しか信じてないぞ!
:ちょろくて草
:スキルポーションもらえるならほしいけどぉ
:週末探索者だからさ
もし買えちゃったらそれはそれで畏れ多いというか
:わたしは予約してますけど結構迷いました!
:うん、本気で探索者している人に申し訳ないから
:わたしごときが予約してもって思っちゃうよねー
(モ、モラル意識たかっ!?)
ここもやはり、ゲームと現実の違いだろうか。
どうやら「行き渡っているから予約数が少ない」のではなく、「あまりにも貴重すぎて、気軽に予約も出来ない」というのが実情らしかった。
(ま、待てよ。と、いうことは……)
もしかすると、このアイテム、とんでもないことになるのでは?
そんな不安が、一瞬頭をよぎった瞬間だった。
:入札始まった!
:うわあああああああああ!!
:予約できるぞいそげえええええ!!
:わたしのわたしのわたしのわたしのわたしの!
:もう済んだ
:予約したいと思ったなら!
その時スデに行動は終わっているのよ!
:てかコメント打ってる奴ら舐めすぎじゃない?
:出品から抽選まで猶予時間あるからね
:まあ予約自体は秒で終わるからあとはクジ運だけよ
:早く予約したら当たるわけでもなし
:神様おねがいします神様おねがいします神様おねがいします!
:ゆずってくれ たのむ!!
:私のとこにきてぇ! なんでもしますからぁ!
:とどけあたしの全財産んんんんn!!!
「ひぃっ!?」
特別マーケットが開始されると同時に、0から始まった〈初級スキルポーション〉の予約数カウンタが、みるみるうちに膨れ上がっていく。
――〈初級スキルポーション〉の標準価格は五万マナ。
初心者のうちに売れればかなりの金策になるが、一攫千金と言えるほどでもない、絶妙なラインだ。
しかしそれでも、マーケットの最高価格である三倍となると、十五万マナ。
中級者であっても若干ためらうほどの金額……のはずなのに。
(予約数の増加が、止まらない……!?)
カウンタの伸びは留まるどころか加速している。
しかも、全員が当然のように最高額……標準価格の三倍である十五万で予約を入れている。
「ちょ、ちょっと待って! 一度落ち着いて!!」
せめてこの勢いをなんとかしよう。
そう思った僕は、加熱する入札に待ったをかけるべく、必死で叫んだ。
「期待させて悪いけど、〈初級スキルポーション〉は自分にも一本使ったし、そんなに数がある訳じゃないんだ! 出品出来るのは三本だけだから、みんなそんなに焦らないで!」
確かに僕には〈初級スキルポーション〉を高確率で手に入れられる「理由」があったし、特にあの部屋はドロップを狙う上ではボーナスタイムだった。
それでも、そうたくさん出るほどスキルポーションは安くない。
数が少ないと分かれば、この熱は少しは鎮火するはず。
そう祈っての発言だった。
でも……。
「――な、なんでぇ!?」
僕の必死の訴えを機に、画面の中の入札数は鎮まるどころかさらに膨れ上がって、僕は思わず白目をむいたのだった。
祭りは終わらない!!




