第42話 ホームページとシリアルコード
「――もしかして、レイくん。まだ〈シリアルコード〉入れてないの?」
その言葉に、僕の脳は一瞬フリーズしてしまった。
……だがそれは、シリアルコードが「アドサガでは全く聞いたことのない新要素」だったから、という訳じゃない。
前世のアドサガにも「シリアルコードを入力してゲーム内特典を獲得する」仕組み自体はあった。
しかしそれは、「ゲームが現実になった状態では絶対に入力不能だ」と思っていたからこその、驚愕だった。
そもそも……。
システムを冷静に分析すると分かるのだが、ランク1の時の獲得スキルポイントは、ほかのランクと比べて1少ない。
例えばランク2、つまりレベル10から19の間に獲得するスキルポイントは、10になった時の2ポイントと、12、14、16、18の時の1ポイントで合計6ポイント。
しかし、ランク1だけは初期値の1と、2、4、6、8レベル時の4ポイントで、合計5ポイントしかスキルポイントが獲得出来ないのだ。
だが、この奇妙な不平等には、実は理由がある。
――運営が〈シリアルコード入力〉のチュートリアルをさせたいがために、わざと1ポイント少なくなるよう計算しているのだ!!
アドサガ時代はゲームのチュートリアルの一つに、「シリアルコードを入力してスキルポイントをもらおう!」という項目が出てきて、プレイヤーはスキルポイントを人質に、必ず「スキルポイントが1獲得出来る」シリアルコードの入力をさせられる。
……しかし!
このシリアルコード入力は、「ゲーム内では絶対に出来ない」操作だった!
プレイヤーたちを公式の情報に触れさせる動線を作るためなのだろうか。
こちらが何度文句を言っても、運営は頑なに「ログインボーナスの取得」と「シリアルコードの入力」の二つを、ゲーム外の公式ホームページでしか出来ないようにしていたのだ!
だけど、魔法によって電波が阻害され、ネットが死滅したこの世界には当然公式ホームページなんてない。
だから当然、シリアルコードの入力なんて出来ない、と思っていたんだけど……。
「ステータスカードのメニューのオプションから、〈シリアルコード入力〉に飛べるわよ?」
あっさりと言い放たれた言葉に、僕は頭を殴られたようなショックを受けてしまった。
「マジで!?」
「マジよ」
思わず出てしまった砕けた言葉に、真顔で返す母さん。
普段ならそのお茶目さに感心したかもしれないが、それどころじゃなかった。
(俺の時はそんなものなかったのに! そのせいで俺がどれだけ苦労をしたと思って……)
予想外の事実に、思わず熱くなってしまったところを、
「――レイくん?」
きょとんとした母さんの声に、慌てて手を振ってごまかす。
「あ、いや。お、僕は大丈夫だよ」
そう愛想笑いを浮かべて、そっと冷や汗をぬぐう。
(あ、危ない危ない。あまりにも衝撃的だったせいで、つい、前世の「俺」が出てきちゃったよ)
今世の「僕」も、前世の「俺」も、どちらも自分だという自覚はあるし、どちらかがどちらかを乗っ取ったような関係じゃない。
そもそも「俺」の常識や記憶をぼんやりと持ったまま生活して出来たのが「僕」な訳で、今の人格は前世の「俺」と地続きの関係だ。
ただ、男社会で普通に生活してきた「俺」の方が若干しゃべりは荒っぽいので、家族にはあまり見せないようにはしているのだけれど、ついやらかしてしまった。
そして、「やらかした」と思っていたのは僕一人ではないらしく……。
「……ごめんなさいね、レイくん。母さんは少し、レイくんを探索者から遠ざけようとしすぎていたかもしれないわ。まさか、最初のシリアルコード入力すら知らなかったなんて」
どうやら、この「最初のシリアルコード入力」は、探索者のみならず、この世界の人たちの間では一般的な常識らしい。
しゅんとしてしまった母さんに、慌ててフォローを入れる。
「か、母さんは悪くないよ! どこかでシリアルコードの入力はホームページでやるもの、って書いてあったのを見たから……」
「ああ、そういえば……。ゲーム内でのシリアルコードの入力は、ゲームでもあまり浸透していなくて、『魔法によるこの世界への実装』が遅れていた、という話は聞いたことがあったかも」
と、そこで母さんは少しだけ首をかしげた。
「んんー。でも、母さんが探索者になった頃にはもうあったはずだけれど……」
一体そんな昔の情報をどこで仕入れたのか、と視線で問いかけてくる母さんから目を逸らす。
「と、とにかく、それでスキルポイントが一つ多くもらえるんだよね! ど、どうやって操作したらいいの?」
「ああ。それはね……」
こうして、世話好きな母さんの習性を利用することで難を逃れた僕は、それからも綱渡りのような会話を続けたのだった。
※ ※ ※
「まさか、『この世界のアドサガ』にはゲーム内からシリアルコードを入力出来るようになってたなんて……」
隠しごとをしていることを申し訳なく思いながら、母さんのレッスンをなんとか乗り切った僕は、ポチポチとメニューを操作しながら今日の衝撃を振り返る。
「あの、頑なに公式ページからしかシリアルコードを入れさせなかったアドサガが、なぁ……」
もちろん、この世界のアドサガが大人気ゲームだったとされていたことから、前世のアドサガと全く同じものではないと分かっていたはずだった。
しかし、実際にこうした齟齬を目の当たりにすると、動揺は隠せない。
「こうなってくると、探索者学校に行くことを決めたのは英断、か」
この世界の仕様には、前世の知識だけでは補えない要素がまだまだある。
それを知れたことは収穫だろう。
(あとは単純に、シリアルコードだけど……)
確かに、チュートリアルで公式から入力を促されるシリアルコード「WELC-OMET-OTHE-SAGA」を入力して、スキルポイントは1増えた。
ただ、逆に言うと今のところの収穫はそれだけだった。
アドサガは何かしらのイベントがある度に、SNSでシリアルコードを発行しまくっていた。
なのに、どうして収穫が最初のコードだけかというと、それには当然理由があって……。
「ええと、スタートダッシュキャンペーンのコードは確か……」
過去の記憶を引っ張り出しながら、攻略wikiでは「WELC-OMET-OTHE-SAGA」と同時に入力するのを推奨されていたコード「ADSG-STRT-DASH-GIFT」を入力してみるが、
《コードの使用期限が切れています》
という無機質なメッセージが表示され、コードを弾かれてしまう。
「なら……」
そのほか、周年記念の豪華ギフトが入った「ADSG-ANNI-VERS-GIFT」。
その二周年、三周年版の「ADSG-2NDA-NNIV-GIFT」「ADSG-3RDA-NNIV-GIFT」や、発売日前日にはコードが掲示板に漏れて発行部数以上の入力があったとかで、運営が激おこぷんぷん丸になったアートブックの購入特典「BOOK-OFAN-OTHR-SAGA」などを記憶の限りに入力していくが、全て期限切れ判定だった。
「……やっぱり、ダメかぁ」
アドサガのコードには使用期限があり、数日や数ヶ月とまちまち。
ただ、無期限というのは基本的になく、ほぼ永続的な用途のコードでも、チュートリアル用の「WELC-OMET-OTHE-SAGA」以外のコードは、一律で二十年後に期限が設定されていた。
(どうせ二十年後までサービス続いてないって思ってたか、万が一、二十年まで続いてもその時に更新すればいいや、とでも思ってたんだろうけど)
皮肉にもアドサガは全国規模の「現実」として存続し、百年が経っている。
当然、コードは軒並み期限切れだ。
素直に前世知識を利用させてくれない、優しくない世界だなぁと再認識するも、
「んー。でもこれ『期限切れ』、なんだよね」
「コードが間違っている」ではなく、「コードの期限が切れている」と表示されることが、どうしても気になってしまう。
それはつまり、僕が前世で覚えていたコードは期限切れになっているだけで、「かつては有効だった」ということ。
この世界のアドサガが前世と同じものなのか、それとも違うものなのか、ますます分からなくなってしまう。
(……まあ、あんまり考えすぎても仕方ないか)
そもそも女ばっかりのゲームっぽい世界に転生する、なんてことがイレギュラーもイレギュラーなんだ。
何が起こってもおかしくはない。
それよりも明日はいよいよ次の配信の日。
そろそろ無駄なことは切り上げて休もうと画面を閉じかけて、
(そういえば……)
数あるコードの中で一個だけ、イレギュラーな経緯で配信されたシリアルコードがあったことを思い出す。
あれは、二周年と半年の、いわゆるハーフアニバーサリー記念の公式生放送。
視聴者とのプロレスの結果、番組内の高難易度チャレンジに成功したら視聴者にプレゼントを出す、という流れで急遽発行されたシリアルコードがあったはずだ。
(あのコードは、確か……)
おぼろげな記憶を頼りに、いつも以上にめちゃくちゃなコード、「2.5A-NNIV-CHLG-WIN!」の文字を打った、その次の瞬間、
《コードから報酬を獲得しました!》
ついに本日二回目となるメッセージが飛び出し、僕を祝福したのだった。
ささやかなゲーム知識チート!!




